2016年2月2日火曜日

雪山で食べるおにぎりは不味い!雪のダメレコ雲取山編

雲取山から見た雲海上に浮かぶ富士山。今年初の雲海だそう

以前に途中で断念した11月頭の燕岳登山も悔いだらけでしたが、このたびの9時間に渡る雪の雲取登山も相当厳しい山行となりました。
「雲海に浮かぶ富士山」というこの上なく素晴らしい景色を眺めることができたし、メンバーとの結束も強まったし、山荘で食べた温かいごはんは今まで食べたどの山ごはんよりも美味しかったし、部屋のこたつにあたったときの感動と夢見心地は今でも忘れることができないし、収穫は山のようにある山行でしたが、一方でとてもシビアな側面もありました。
私の人生反省ばかりで、恥の多い人生で大変恐縮ですが、後学のためにも今回の山レコードを共有したいと思います。

失敗した主な原因をまとめると、

  1. 日頃の運動不足
  2. 昨年よりアドバンテージがあると思い込んでいた
  3. 荷物が昨年より重い
  4. ガチガチの雪質
  5. 日没後、焦って禁断の「巻き道」を使用

このあたりにあると思います。
では一つ一つ紐解いていきましょう。

避難小屋下の直登。太陽がまぶしすぎる

1.日頃の運動不足

私も含めてメンバー全員に登山ブランクがあり、山行中は体力の低下を如実に感じました。
これを解消するには、一ヶ月前ぐらいに宿泊を伴わない日帰り雪山合宿をするのが一番手っ取り早いんじゃないかと思います。
今までずーっと文系で生きてきたので「合宿」とは縁遠く、まったく気乗りはしませんが、たまにはそういうのもいいんじゃないでしょうか。うん。嫌だなあ。

2.昨年よりアドバンテージがあると思い込んでいた

昨年ほぼ同じ時期に行なった雪の雲取山行は、北面の険しいルートとなる三峯神社出発で、帰りは鴨沢に下るというルートでした。
雪の雲取山へ!三峯神社編(後藤さんショックで途中までしか書いてない)

昨年より良かった点を上げると、

●スタートは早かった
三峰口から三峯神社までのバス始発時間の関係で、昨年のスタートはかなり遅めでした。
今年は逆に鴨沢から早めにスタートし、結果昨年よりも2時間近く早くスタートしました。
でも到着時刻は昨年より2時間も遅くなりました…。

●三峰へは行かなかった
当初は三峰方面へ下るルートを想定し、帰りに三十槌の氷柱(みそつちのつらら)を見て大滝温泉に寄ろうと目論んでいました。
ですが今年は先々週降った大雪の影響でバス便が一時休止するほどの状況。
また小雲取直下の急な下りで危険を感じ、「ここの斜面でこんなに大変なんだから、三峰方面はもっと危険だ」と悟り、メンバーに帰りの三峰ルートは断念しようと提案しました。
のちに聞いた雲取山荘の方の話では「僕らの足で三峰まで7時間かかったので、健脚でも9時間、10時間はかかりますし、危険です」とのこと。
先達のこの言葉を聞いて、メンバーからもより深く賛同してもらえました。
しかし今年の鴨沢ルートは去年の三峰ルートよりも厳しいものだとは、当初誰も想像していませんでした。

3.荷物が昨年より重い

これは私個人の荷物にかんしてですが、前回の燕登山からデジ一を持参するように(燕では一回もザックから出さずじまいだったけど…)。
最近レンズを軽いものに変えたものの、それでもトータル700g近く。
この700gの差はかなり大きいものです。

荷物の軽減で一番手っ取り早いのは、持参する水の量を減らして、帰りに飲む分は山荘で購入すること、でしょうか。
毎回持参した水を全部消費したことがないんですけど、持って行かないと不安なので、つい多めに持って行ってしまうんですよね。
やっぱり荷物が重くなる分は、体力で補うしかないんだろうな。
体力が無いならカメラなど持って行くな!ってことなんですよ、たぶん。
なので体力つけます!合宿で!

雲取山頂へ行くと富士山が。かっこいい。雲海もすごい

4,ガチガチの雪質

つい先日まで「今年は例年より雪が少ない」と言われていましたが、先々週降った大雪が相当なものだったようで、例年通りか、もしくはそれ以上の雪道となりました。
またさらに前々日ぐらいに降った雨で雪が硬く締まってしまい、見た目は雪だけれども実質は氷のような状態でした。
アイスバーンまではいきませんが「ストックがほぼ刺さらないぐらいの雪」といえば伝わるでしょうか。
昨年はスノーバスケットを家に忘れ、二回りほど小さなノーマルバスケットがズボズボ雪に刺さりまくっていたので、それを踏まえて出発前にスノー仕様に変えたのですが、せっかくのスノーバスケットが意味を成さないくらいの硬さだったのです。

せっかく付けたスノーバスケットも無意味…


雪山は夏道のだいたい1.5倍程度の時間がかかりますが、硬く締まった雪だと足元はさらにおぼつかなくなります。
「行けども行けども、思ったより全く進まない」
終始そんな調子だったので、のちのちの計算ミスにもつながりました。

iPhone6の歩数計で確認すると、昨年の三峰~雲取山荘までは2万2,469歩かかりましたが、今年の鴨沢~雲取山荘まではなんと3万4,543歩とおよそ1万歩以上多く歩いたことになります。
一回道を間違えたことによるロスもありますが、それでも一万歩には遠く及びません。
しかも本来三峰ルートの方がアップダウンも多く道も険しいはずなのに、です。

雲取名物・ダンシングツリー。
ここまで来るのにも時間かかったなぁ…


5.日没後、焦って禁断の「巻き道」を使用

日没する少し前に小雲取直下の分岐点あたりに差し掛かったときのこと。
リーダーが小雲取山頂まで登って雲取山頂に至る道を行くか、巻き道を通るか、後方の私たちに意思確認をしたところ、憔悴しきったもうひとりのメンバーSさんが必死の形相で「巻き道でお願いします!」と訴えました。
Sさんをかばうわけではありませんが、たぶんSさんがそう言わなくても、私もそのつもりでした。
しかしその判断が大きな間違いの第一歩となったのです。
あとで山荘の方に「巻き道は夏場だけのもので冬場は絶対使っちゃダメ!」と怒られたのは言うまでもありません。
でもあの瞬間、あの場の誰もが間違いであることに気がつきませんでした。
今ならはっきり言えます。
「冬場の巻き道、めちゃ危険!」と。

そして巻き道に差し掛かり、妙な分岐を目にしてからしばらく歩いたあと、ふと私は「ちょっと待って!」と皆の歩みを止めました。
「この道、間違ってない?」とストップをかけ、一旦来た道を戻ります。
ですが、この判断も間違いでした。
非常によく似た分岐点が本当はもう少し先にあったのですが、感覚が鈍ってもっと手前にあると勘違いし、余計な機転をきかせて同じ場所をグルグル回るというミスを犯したのです。
しかもグルグル回った場所は小雲取下のハードな直登。
実はこの直登、過去に遭難者も出ている「魔の場所」でもあるんです。

「魔冬」の雲取山 - 遥かなる山の息吹より

(引用)
1/28(日)早朝
奥多摩ヘリポートより遺体を収容する東京消防庁のレスキューヘリ。
不幸にも昨日、小雲取直下で疲労と低体温症で動けなくなった男性が、奥多摩小屋へ収容されたが、心肺蘇生の甲斐も無く亡くなられた。

その後ようやく本来の巻き道に戻ることができたのですが、林の陰にあるので雨で固まっておらず、今までとは打って変わってパウダースノーの道を歩くことに。
でも疲労が極まった中で、ワカンではなくアイゼンでパウダースノーの上を歩くのはかなり厄介です。
ズボズボと足を取られて倒れこむこと数回。
普段ならものの数秒で起き上がれるのですが、しばらくその場で臥せってしまうほど、あのときは憔悴しきっていました。
それでも谷側に倒れたら滑落して一巻の終わりなので、バランスが崩れそうになると山側に倒れるよう意識しました。

巻き道のトレースを辿りつつも、なかなか山荘の明かりが見えてこない状況に徐々に不安が募ってきました。
そこでふと思ったのは「今辿っているこのトレースが遭難者によるものだったとしたらどうしよう」ということ。
また、後ろにいるSさんの声を聞かなくなってからずいぶん経っていることも心配ごとの一つでした。
Sさんがもし「山荘の明かりが見えましたー!」などと幻覚を見始めたらどうしよう。そのときは一発平手打ちかな?それで目が覚めなかったらいよいよどうしよう…みたいなことを考えはじめていました。
また先行しているリーダーが急に振り返って、普段一度も見たことがないような絶望的な顔をして「俺たちはもうおしまいだ!」なんてことを言い出したら、きっと自分も正気を保っていられなくなる。そんなこと絶対に言いませんように!と心の中で拝み続けていました。
ただ、ここ何時間かくらい前の新しめのトレースを辿っているし、道も間違っていないはずだというわずかな確信もあったし、リーダーもまだ錯乱するまでは追いつめられてなさそうだし、決して末期的な状況ではないとどこかで信じていました。

「でも、そうは言っても、だ。これが遭難者のトレースだったら、そのときは私たちも道連れなわけよ。そうなったら諦めてここで死のう……。いや待て待て待て、若いSさんを道連れにするわけにはいかない。しかもあれだ、死んだら新聞に載って晒し者だ。無関係な人間がこぞって「自己責任で死んだ」とか「死ねよ」とか、もう死んでるのに「死ね」呼ばわりするんだよきっと。ほんっと関係ないのに死ねとか言うやつ、なんなん!あーでも山関係の人には迷惑かけてごめんなさい!でも山関係じゃない、関係ないのに死ねって言うやつ、まじなんなん!」


そんなかなりくだらない葛藤の末、先行してもらったリーダーが山荘にたどり着き、山荘がこの先にちゃんとあることを知らせるためにこちらに戻ってくる灯りが見えたとたん、わずかに残っていた体中の力が一気に抜け落ちるようでした。

翌早朝の雲取山荘と月
 翌早朝の雲取山荘と月

山荘につくと小屋の方は2人か3人で、先行グループは2組ほど、単独っぽい人も片手で数えるほどしかおらず、あまりの小人数ぶりに驚くとともに、今日の山行が無茶だったことを思い知らされもしました。

けっきょく巻き道は夏場の所要時間30分に対し、実質は1時間以上もかかってしまいました。
鴨沢バス停を出発したのは午前9時半、雲取山荘にたどり着いたのは午後6時半。
山荘の方いわく、昨日は夜9時に着いた人も…ってゾッとする!

もう一度言おう。

「冬場の巻き道、めちゃ危険!」

あともう一つ。
このたびの件でご心配やご迷惑をかけた山荘の方や山関係の方、友人各位にはお詫びと感謝を、またかける可能性があった山を愛する全ての方にもお詫びしたい気持ちでいっぱいです。
しかしそれ以外の「世間を騒がせたのだから謝れ」と勝手に世間の代表フェイスをし、それこそ自己責任で勝手に騒ぐ者や、赤の他人に向かって死ねと発言するような思慮の浅い者にまで詫びるつもりはありませんし、今後も詫びないし、死後も詫びないし、逆に詫びてほしいね!


あれ!?
わたし、なんでこのタイミングで切れたの?
そういえばちょうど一年ぐらい前にも似たようなことがあった気が…
違う、そうじゃない。手前勝手な祈りなんだ
歴史は繰り返すなあ。歴史って言うにはサイクル早すぎるけど…



そんなこんなで、文字通り山あり谷ありの雪山山行でしたが、山荘でいただいた温かいごはん、温かいこたつ、温かい布団には感動しきりでしたし、生きて帰って来れたことにも感謝しきりで、この出来事は間違いなく今後の人生の糧となりそうです。

それから精神的支柱だったメンバーの二人にも感謝、温かく迎えてくれた山荘の方にも感謝、温かいごはんにも感謝、山の神様にも感謝、温かいごはんにも感謝、生温かく見守ってくれている友人たちにも感謝、産んでくれた親にも感謝、地元にも感謝、ごはんにも感謝…

感謝感謝と書き続けるとどんどん言葉が軽くなっていきますね。
「感謝マジック」は恐ろしい。
あとごはんに感謝しすぎ。親と地元は取って付けすぎ。

あ、最後にもう一つ。
非常に大いなる発見がありました!
私は普段からよく

山で食べるおにぎりは地上のどこで食べるものよりも一番美味しい

ということをいろんな場所で公言していたのですが、雪山の氷点下でカチカチになったおにぎりは味がほとんどしないので、前言を撤回したいと思います。

雪山山行中のおにぎりは不味い!

これだけは覚えておいて損はないでしょう。
以上です。

■追記・今回の反省を踏まえて…

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