2013年11月27日水曜日

平泉で初いわて南牛、初わんこそば

ご当地ブランド牛「いわて南牛」とラム肉の夢の競演

このブログでは、旅に関連して「なんともいえないほっこりした(もしくは奇妙な)心持ちになる」ことを“旅情”と表現している。

今回のみちのくの旅路で最初に感じた旅情は、前回の日記でも書いた、
「新幹線ヌードページ事件」平泉2012 中尊寺の紅葉に間に合う
なのだが、旅路を始める直前にも、ちょっとした旅情を感じた。

荷造りをしようとボストンバッグを整理していたら、一年前に行った中尊寺内にあるレストラン「かんざん亭」のレシートがポケットから出てきたのだ。


中尊寺かんざん亭のレシート

泊まりがけの旅行に出るのは先月の登山で行った山荘(雲取山荘)以来だったのだが、もちろん登山に持って行くのはバックパックだ。
「このかばんを使うのは一年ぶりなのか」としみじみし、「今年もかんざん亭に絶対行こう!」と思った。
たどりついたらいつも雨ふり@雲取山

昨年秋の旅程は平泉の中尊寺周辺や厳美渓が中心だったが、今秋の旅程は、

初日:夜、平泉入り→焼肉屋八つ花→友人宅
二日目:中尊寺→芭蕉館→猊鼻渓→居酒屋→平泉温泉→友人宅
三日目:平泉駅→気仙沼→群馬

このようなちょっと変わった日程で進めた。
三日目は旅程を共にした友人が仕事だったので、平泉から少し離れるが大船渡線(ドラゴンレール)で1時間半ほどかけて一人で気仙沼へ行くことにした。



いわて南牛とラム肉

初日夜はいきなり焼き肉で攻めた。
前回の平泉旅行でも焼肉店へは行っている。
記憶が曖昧なのだが「ソウル食堂」か「高粱(こうりゃん)」のどちらかで、おそらくソウル食堂の方だったと思う。
昨年はあいにく友人が一推ししていた一関や平泉で育った和牛ブランド「いわて南牛」の肉が品切れで、かわりにお店の人が薦めてくれたイベリコ豚(スペイン産)をしかたなく食べたのだが、このイベリコ豚が舌の上でとろけるほど絶品だった。
だがわざわざ岩手まで来てなぜイベリコ豚なのだという感じは否めない。旅情もへったくれもない。
今回こそはご当地ブランド牛「いわて南牛」を食べるのだ!
そう意気込んでいた。

今回行った焼肉店は毛越寺近くの「八つ花」。
入店したのは夜10時近かったが、なんとかお目当ての「いわて南牛」にありつくことができた。
憧れのいわて南牛は脂が乗りに乗っていて、やわらかジューシーでとにかく絶品だったが、友人が頼んだラム肉も相当旨かった。
このあたりでは義経つながりなのか、ジンギスカン料理が盛んらしいのだ。

しかも女二人でお会計が4500円だったことに心底驚いた。
友だちはビールを頼み、私は白米を一切食べず、いわて南牛、ラム肉、ホルモン、ミノなどの肉を中心に、二人とも歩けなくなるほどお腹いっぱい食べたにもかかわらず、一人当たりたったの2,250円だったのだ。
ブランド牛がこんな値段で食べられるとは予想もしていなかった。


かんざん亭へ向かう道中。中尊寺のイーハトーヴ

かんざん亭へ向かう道中にて。
昨年、宮沢賢治(岩手出身で猊鼻渓そばの砕石場勤務時代あり)のシルエットに似た人物を見つけて「イーハトーヴ」(賢治の想像上にある理想郷)を勝手に感じていた場所で今年も一枚撮影してみた。
木々が覆い重なっているのでこの部分の木はまだ紅葉していなかった(2013年11月16日時点)。


2013年のイーハトーヴ

同じ場所で撮影した昨年(2012年11月24日)の写真。
黒い帽子に黒いコートの人物が、なんだか宮沢賢治に見えなくなくなくなくなくない?
対談「宮沢賢治の銀河世界」
ほらほらこの感じ。




二日目は朝から中尊寺内をさらっと散策した。
本当はかんざん亭で昼食を頼むつもりだったのだが、友人の
「せっかくだし、わんこでいいんじゃない?」
との提案から、かんざん亭では朝のティータイムを過ごすことにして、昼食は平泉駅前の芭蕉館へ行くことにした。


標高1548mの焼石岳は早くも雪化粧をしていた

かんざん亭ではプレスコーヒーを頼んで二杯分のコーヒーをいただき、無料で提供されたかりんとう饅頭をほおばり、山座同定に見入って「秋田と岩手の県境、 焼石岳1,548m。そんなに高くない山なのにさすがは東北。もう雪化粧をしているよ。(´∀`*)ウフフ」などと旅情を楽しんだ。




初わんこそば24杯(24客?)


昼食は芭蕉館で初のわんこそばに挑戦。
天ぷら盛り合わせとフルーツ付きの盛り出し式わんこそば・特(2400円)を注文した。

一つのお盆に12客のお椀が乗っているものが二段になっているので、お椀は合計24客あり、お椀の中には一口程度ですすれる蕎麦が盛られている。
確かお盆一枚(12杯)分まではおかわり自由だったと思う。

わんこそばというと、お椀の中のそばをすすり終わると、後ろに立った給仕の人にすかさずおかわりをお椀に放り込まれる「大食い選手権」の様相を呈した食事のイメージがあったが、こちらのわんこそばはあらかじめ盛られたお椀を一つ一つ自分のペースで食べていく形だった。

さまざまな薬味、山菜、マグロ山かけ、いくら、なめこおろしなどがついているので一口一口が新鮮な味わいで、全24杯を飽きずにするっといただくことができた。
しかし前日の焼き肉店で動けなくなるほど満腹になってしまったので、今日は腹八分目にしようと友人ともども反省したのだが、その反省はここであまり生かされなかったことを報告しておく。

天ぷら、フルーツなしのわんこそばは1800円だが、天ぷら盛り合わせには海老も入ってお得感があるので、600円多く出してこちらを頼むことをおすすめしたい。
季節によっては干し柿の天ぷらがつくのだが、この天ぷらを口にした瞬間、味の予想がまったくつかなかったので、かなりびっくりした。


完食記念にお椀を重ねて一枚撮影。
お椀の赤が綺麗に映えた写真となったので、気を良くしてFacebookに載せたところ、気仙沼出身の友人から「このお椀は秀衡塗(ひでひらぬり)。有名なんだよ」と指摘された。
一緒にいた友人に「秀衡塗って?」と聞いたら、奥州藤原氏ゆかりの漆器で、かなり高級品らしく、お椀一客が10万円以上するものもあり、安いものでも何千円はするとの回答だった。
事前にそれがわかっていればこんなふうに重ねることもなかったと思う。
今度秀衡塗に出会ったら、もっと大事に扱わねば、と反省した。


昨年、同じく芭蕉館で食べた山かけそば。
今年のわんこそばの写真とを見比べてみると、残念ながら華はない。
やはり芭蕉館で食事をするなら、少し値ははるが「わんこそば」をおすすすめしたい。

芭蕉館のサイト→ 芭蕉館 岩手県 平泉 元祖盛り出し式わんこそば 

みちのく旅シリーズ



2013年11月24日日曜日

平泉2012 中尊寺の紅葉に間に合う

2012年11月24日の中尊寺の紅葉

紅葉の絨毯

BRAVIA 4K対応液晶テレビのCM「薪能」でおなじみの能舞台

みちのく旅の始祖ともいえる奥の細道・松尾芭蕉の像



平泉に行くのは二度目になる。
昨年のちょうど今頃の時期に平泉在住の友人を訪ね、平泉・中尊寺・達谷窟(たっこくのいわや)・厳美渓(げんびけい)などの観光名所を案内してもらった。

今年の夏山秋山シーズンが終わり、日帰り低山登山ぐらいしかやることがなくなった季節が訪れ、ふと、

「そうだ、平泉へ行こう」

とまた思った。
今年は去年より一週間早い秋旅だ。
中尊寺の紅葉はちょうど見ごろを迎える。
期待は高まり胸躍った。

今年の平泉の旅路は、中尊寺〜幽玄洞・猊鼻渓〜気仙沼を巡った。
が、その前に昨年2012年11月24日、25日に巡った中尊寺、義経堂、毛越寺、達谷窟毘沙門堂、厳美渓の様子を話したい。




2012年11月24日の中尊寺・金色堂前


中尊寺最大の見所といえば、こちらの金色堂だろう。

平泉を案内した書籍(地元でのみ販売されている)に掲載されていたドナルド・キーン氏のコラムによれば、キーン氏が最初に平泉を訪れた昭和30年には金色堂の中に入ることができたとか。
現在では保守維持の関係で、金色堂は大きなガラスで覆われ、少し遠目にしかお目にかかることができない。

今年は旅程と友人のスケジュールから中尊寺には1時間半ほどしかいられなかったので、二度目の金色堂参拝は断念した。


かもめの玉子、義経堂勝守り、衡年茶、ふかひれスープ…去年の平泉土産


去年の平泉土産。
義経堂(ぎけいどう)、毛越寺(もうつうじ)、中尊寺、平泉駅前の蕎麦屋「芭蕉館」などで買ったお土産たち。
お守り、衡年茶(こうねんちゃ)、浄土のめぐみ、そして地元でのみ入手可能な平泉を学ぶことができるムック本。そして芭蕉館でもらった世界遺産登録記念ボールペンなどだ。
とはいえ気仙沼のフカヒレスープ、大船渡の銘菓「かもめの玉子」の存在感の方が大きかった。




今年はいわて南牛やら焼き秋刀魚やら秋刀魚の刺し身やらホルモンやらわんこそばやらのご馳走に手持ちのお金を使い果たしてしまったので、お土産は巌手屋の南部煎餅のみとなった。


硬い!でも美味しい!噛めば噛むほどに乾燥ホタテから旨味がにじみ出る。
ただし歯ごたえがありすぎるので詰め物、入れ歯など歯に難のある年配の人はとくに注意してください。

そういえば今年も行った芭蕉館ではまたもや世界遺産登録記念ボールペン2013バージョンLEDライト付きをもらってしまった。

途中乗り換えの大宮で、さすがに南部煎餅だけでは申し訳なく思い始めたので、新幹線ホームの駅弁屋に寄って土産物を物色することにした。
母が大好きな横浜名物の崎陽軒のシウマイと、道中の小腹対策に仙台名物の一口牛たんサンドを、自販機では東北限定と銘打たれた山形の佐藤錦ジュースを買った。
大宮駅はなんでもあるな!と感動し、少しだけ哀しくもなった。


中尊寺衡年茶・浄土のめぐみ


「浄土のめぐみ」には華鬘(けまん)が描かれている。

華鬘とは→中尊寺金色堂からやってきた華鬘(けまん)のしおり

パッケージはかわいいが、お茶は少し薬っぽくてクセがある。
ノーマルの衡年茶はしっかり蒸らして淹れるとカモミール(衡年茶の成分表記はカミツレ)の甘みが出て絶品の味になる。

この一年、中尊寺に直接注文して取り寄せて家で毎日のように飲んでいたが、一年ぶりに訪れた中尊寺内のカフェ「かんざん亭」で出してもらった衡年茶は、また格別の味がした。
気のせいだろうか。


かんざん亭の山座同定
かんざん亭の窓には手描きの山座同定。

浄土のめぐみ、衡年茶、ともに中尊寺でのみ取り扱っている商品だ。
衡年茶の成分によく似た「百年茶」はさまざまな場所でよく見かけるので手に入りやすいはずだ。

中尊寺・天台寺お茶セット|ほほえみ倶楽部 (浄土の恵み)
中尊寺の通信販売



義経堂の勝守り

義経の勝守りは義経堂で購入。
義経堂でしか買えない限定カラーは赤。
黒は毛越寺でも買えるのだが、断然黒の方がかっこいいので迷わずこちらを選択した。


毛越寺浄土庭園

夕暮れ時の毛越寺浄土庭園。昨年は発掘調査中だった。


達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)の入口


今回は行くことができなかった達谷窟(たっこくのいわや)はお気に入りの場所だ。
境内の奥にある岩壁には、大きな仏の顔が刻まれている。


達谷窟奥の岩壁

達谷窟本堂から

最近教えてもらった話なのだが、達谷窟(たっこくのいわや)当主の苗字は、同じく「達谷窟」さんというが、読み方は「たがや」らしい。
なんて難解で、なんてかっこいい苗字なのだろう。
友人は達谷窟さんとはお友だちらしい。
うらやましい。


岩と一体化した本堂

そういえば、こんな厳かな空気の中、隣家から「天体観測」が流れてきたのがひどく印象に残っている。これもまた「旅情」の一種だと思う。



旅情といえば、今回の旅路で一番最初に旅情を感じた出来事は、仙台から古川に向かう新幹線内で起きた珍事だった。
金曜日の夜、仕事終わりにそのまま群馬から平泉に向かったので、おそらく夜19時〜20時台の時間帯だったと思う。
窓の外は真っ暗で、前の座席のおじさんが広げているスポーツ新聞が鏡状になった窓にはっきり映っているのが見えた。
何の気なしに見ていると、途中で女性の裸体がくっきりはっきりと窓ガラスに映しだされたのだ。

彼はスポーツ新聞の風俗面をどれぐらい眺めていただろう。
しばらくすると今度は大相撲ニュースの面を広げた(またもや裸体なのだが)。
本人は全く気がついていない様子だったので、それがたまらなくおかしかった。
「ああ、私は旅に出たのだなあ……」
ハプニングというにはあまりにも小さな出来事だったが、旅先ならではの珍事を私は楽しんだ。

みちのく、たびたび、一人旅。
この話、まだ続きます。

みちのく旅シリーズ


2013年11月19日火曜日

みちのく、たびたび、ひとり旅

気仙沼・南町紫市場のホヤぼーやパネル。
撮ってくれる人が周りに誰もいなかったので顔ハメならず。


人間にはさまざまな感情がある。
純情、愛情、友情、慕情、劣情、色情、同情、憐情……

私はそのあらゆる感情の中でももっとも「旅情」を大切にしていきたい。
そう思っている。

純情、愛情、過剰に異常、純情、愛情、過剰に異常、ヤマトナデシコ七変化…


平泉に住む友だち(中尊寺金色堂からやってきた華鬘(けまん)のしおり)と友人各氏の出身地・気仙沼をたずねる、みちのくの旅路日記、続きます。


みちのく旅シリーズ



 

2013年11月11日月曜日

幻の洋梨ドゥワイエンヌ・デュ・コミス、我が家へ

夢にまで見たドゥワイエンヌ・デュ・コミス、我が手にライドン


幻の洋梨との呼び声も高い「ドゥワイエンヌ・デュ・コミス」をご存知だろうか。

ドゥワイエンヌ・デュ・コミス
別名「ドゥイエンヌ・デュ・コミス」
またの名を「ドゥワインヌ・デュ・コミス」
もしくは「ワイエンヌ・デュ・コミス」
そうかと思えば「ワイエネ・デュ・コミス」
ところがどっこい「ワイエネ・デュ・コミス」
大胆にも「ドゥ・コミス」、大雑把に「デュ・コミス」などと短縮形で言う人もいる。
コミス吉祥寺。それは「コピス」の間違い。
パリス吉祥寺・荻窪店。パリなのか吉祥寺なのか荻窪なのか。一体それはどこにあるんだ?
ラフォーレ原宿 小倉店(福岡県)。もうそんな店はないぞ!

兎も角、どれに統一すべきか悩むので、以下は「コミス」とだけ書く。

今年の群馬のコミスは史上最高、とのこと。
一応リンクをはったが売り切れである…


コミスとは洋なしの一種である。
その昔「天皇の料理番」というタイトルの堺正章主演のドラマがあったが、主人公その人のモデルとなった宮内省(昭和24年より宮内庁)大膳職主厨長・秋山徳蔵氏をして、

「あれこそが果物の王」
「かす一つ残さず、アイスクリームのように溶けてしまう」
「四十年たった今でも、まだあの味が舌に残っている」

とまで言わしめた幻の洋梨、それが「コミス」なのだ。

私がコミスを知ったきっかけは、いつも愛聴している954ことTBSラジオの人気番組「安住紳一郎の日曜天国」でのことだった。

安住紳一郎の日曜天国 Podcast(TBS RADIO 954kHz)
2013.10.27「幻の洋梨『コミス』」より。

妙義山に向かう高速道路の道中で聞いていたラジオでは、安住アナウンス部次長が呪文のようなそのプレゼントの名前を連呼していた。
難解な名称を正確に聞き取って、ちゃんと正解しないとプレゼント応募の資格が得られない、ハードルの高いヒアリングプレゼントクイズだったのだ。

でゅわいえんぬこみす?どわいえんぬこみす?
安住次長は20回ぐらいは連呼していただろうか。
私が導き出した答えは「ドゥワイエンヌ・デュ・コミス」。
だが正解は「ドゥアイエンヌ・デュ・コミス」だった。
惜しい!一字違い!
ちなみに日曜天国公式Twitterの安住次長談によれば正解率は5%(その後応募者1717人中50人が正解と判明)を切り、苦情殺到だったとか。

フランス語で「Doyenné du Comice」
そのまま「幻の洋梨」という意味らしい。

私はコミスという名の世にも珍しい果実にうっすら興味が湧いてきていたが、道中すでに心は妙義山にあった。
だが安住次長から語られたコミスの産地を聞いてから、俄然コミスのことが頭から離れなくなってしまった。
どうやらその幻の洋梨は、我らが渋川市の見城さんという方が作っているとのこと。
育成の難しさからコミスの量産に成功した生産者は日本に十人もいないらしい。
その稀少な幻の逸品が、ここ群馬で作られているなんて!




最初に日曜天国で取り上げられたコミスは↑の信濃は倉田さん生産のコミスだった。
そこからいろいろあって今年は見城さんのコミスがプレゼントされることに。
そのあたりの経緯はにち10Podcastingなどで聴くことができる。
TBS RADIO 954 kHz > 安住紳一郎の日曜天国
興味を持たれた方はぜひ。


以上のようなことを考えながら登山したせいだろうか。
あの日の妙義山中では道を誤った。

誤った日の山レコ→ワイルド・サイドを歩け@妙義山
間違えずに歩けた日の山レコ→ 紅葉に映えよ!妙義山〜安心安全ハイキング


さて、妙義登山での「死んでたかもしれない!」という興奮も冷めやらぬまま、帰路についた私は家につくとさっそくインターネットに接続し「コミス」「幻の洋梨」「渋川 農園 洋梨」などのキーワードを検索窓に叩き込んだことは言うまでもない。
いや、本当のことを言うとその前に「かにのよこばい たてばり やばい 死ぬ」などのキーワード検索をするのが先だったが。

翌日会社で隣の席の渋川出身の同僚(母上が清芳亭の元従業員)に「見城さんのコミスって知ってますか?」と聞いたが芳しい答えは得られなかった。
別に答えを得られなくてもよかったのだが、最近配属替えで正面の席にやって来た、もう一人いる渋川出身(旧小野上村)の同僚にも話題をふってみたところ、驚きの答えが返ってきたのだった。

小野上出身Nさん「コミス、知ってます。すごく美味しいんです」
私「食べたことがあるんですか?すごい!!」
Nさん「見城さん、実は父のお友達なんです」
私・渋川出身Iさん「ななななな、なな、なんと!」

そんな話をした翌々日ぐらいだったろうか。
朝オフィスに入り自分の席まで行くと、椅子の上に目立たぬようひっそりと白い紙袋が置かれていた。
辺りにはほんのりと甘い香りが漂っていた。
恐る恐る中を覗くとそこには恋い焦がれた、あのコミスの姿があった。

おそらくNさんのお父上のご厚意により、通常は直売所などでしか手に入れられないらしいB品といわれるコミスを一つ分けていただける運びとなった。
自分の名誉のために言っておくと、決してねだったわけではない。
ただ、「すごいですね~」「うらやましすぎます!」「ぜひ私も見城さんとお近づきになりたい」などと羨み発言をしすぎた感は否めない。
ありがたく頂戴し、家の者には「コミス我が手に」というメールを送った。

夢にまで見たドゥワイエンヌ・デュ・コミス、我が手にライドン

夢にまで見たコミスを手に、はしゃいで一枚パチリ。

Nさんによれば、洋梨は買ってから数日〜1週間は家に置いて熟すのを待たないといけないが、このコミスはもうすでに食べ頃を迎えているとのこと。

さて、以下はコミスの食レポとなる。食レポは苦手だが、食べたことのない人の参考になればこれ幸い。



私のコミス評

黄色く薄い皮を剥くやいなや、甘く芳醇な香りが辺り一面に広がる。
剥いたそばからナイフをつたってとろみのある濃厚な果汁が滴り落ちてくる。
そのみずみずしさは和梨以上に思える。
滴り続ける果汁のせいで実がツルツルと皿の上をよくすべるので、一口大の一片めがけて大胆にフォークをぶっ刺す。
すると手には独特の弾力が返ってくる。
不思議な感触を楽しみながらも、ついにその幻を口に含む。
舌に乗せると重くずっしりとした密度を感じるのに、秋山徳蔵氏が評したとおりに、噛んだそばからまるでアイスのようにとけてなくなってしまう。
クリーミーな甘みとさわやかな酸味。
重量感があり、かつさわやかでなめらかな食感は今まで一度も味わったことがない、生まれて初めての感触だった。
それはまるで夢を見ているようだった。
一家で寄って集って食べたコミスはあっという間に消えてなくなってしまった。
コミス、君はいずこへ?
ああ、私の腹の中だ!!
コミス、カムバック!!!



↓2014年もちゃっかり食べちゃいました…↓
今年もドゥワイエンヌ・デュ・コミスがやってきた!

コミス情報リンク集

愛と追熟のコミス。コミスを美味しく食べるために。

2013年11月8日金曜日

紅葉に映えよ!妙義山〜安心安全ハイキング

紅葉に映える妙義山の奇岩群
奇勝・妙義山奇岩群と紅葉。
映える映えるとは聞いていたけれど、まさかここまで映えるとは…


2013年11月5日。
楓蔦黄(もみじつたきばむ)ころ。

前回途中でリタイアしてしまった妙義山へさっそくリベンジしてきた。

前回→ワイルド・サイドを歩け@妙義山

リベンジ。
とはいったものの、山頂の岩稜地帯の尾根道などではなく「関東ふれあいの道」と呼ばれる中間道を縦走しただけだ。
初心者にはハードな鎖場がある中級者コースや、岩稜の尾根道が続く上級者コースが妙義のワイルド・サイドならば、今回の中間道はマイルド・サイドだ。

妙義山の中間道は中之嶽神社(甘楽郡下仁田町)から登り、妙義神社(富岡市)まで片道約3時間強を縦走するコースで、逆ルートから登るハイカーも多く、狭い登山道ではよくすれ違う。
途中、上級コースの尾根道から下ってきたらしきヘルメットをかぶった変態ロッククライマーたちにもよく行き会った。
初心者登山客の自分からするとロッククライマーや雪山をやる人はマゾヒストの変態にしか見えない。
とはいえ私も変態道の入り口に足を踏み入れつつある山ウーマンではあるが。

午前11時半頃、中之嶽神社の大駐車場(無料)をお馴染みの同行者、父とともに出発。
父は中之嶽神社⇔大砲岩のピストンだ。
途中経過は前回とほぼ同じだが、沢で歩きにくかった場所は枯れていた。


見晴台からの「紅葉に映える妙義山」

見晴台から。
中之嶽側の見晴台に登るのはこれで二回目だ。
前回と比べると木々の紅や黄色は増したが、この日は晴れているものの霞がかかったような天気で、空は終始うすぼんやりとした水色だった。
見る風景すべてがフォギーなフィルターの向こう側にあるようで、少し残念な景色だ。

見晴の岩の上に立った瞬間、正午を知らせるサイレンかチャイムの音がどこかから聞こえてきた。
サイレンかチャイムか記憶が定かではないが、直後にはるか下から大勢の子どもたちの歓声が一斉に上がったのはよくおぼえている。
大きな休憩所のある第四石門が近づくにつれて、子どもたちの声はますます大きくなっていった。
紅葉した妙義山を見たいのはおじさんおばさん山ボーイ山ガールだけではないということだろう。
学校の遠足のようだから自分たちの意思で来ているわけではなさそうだけれども…


奇勝・第四石門


石門群の白眉である第四石門に到着。
第一第二もなかなかだったが、やはり第四石門の奇岩ぶりには息をのむ。
山の神様も粋な形で残してくれたなあ…と感嘆せざるを得ない。
石門の向こうには大砲岩やろうそく岩が見えた。


第四石門ごしの大砲岩とロウソク岩

右がろうそくで左が大砲だろうか?



12時15分。
第四石門の右手に奇岩群を展望できる岩場の窪みから、ザ・紅葉に映える妙義山、な風景を望む。
逆光気味だが、なかなかの絶景だ。
昼ごはん休憩をしているらしき家族連れや、遠足の子どもたち、他の登山客のあいだをぬって、なんとかこの絶景を拝むことができた。
右の大きな岩の間に穴が空いているのが見えるだろうか。
ここからの角度的に考えると前回手こずった第二石門の穴かもしれない。
うーん、恐ろしい……

遠足を引率する先生方が「岩の上には絶対行かないようにね!」などと注意するものの、聞く耳持たない子どもたちは口々に「足がすくんだ?」「おれ、へいき!」などと言いながら、スルスルと石門の岩場を駆けめぐっていた。

行列のできる絶景。とまではいかないが、この時期のこの時間帯は平日といえども混み合うこと必至だ。
混雑を避けたいならば、朝早く出発するか、お昼の時間帯以外に行くことをおすすめする。


中国の山奥を思わせるような岩稜

第四石門近くの休憩所は満杯だったので、中国の山奥を思わせるような絶景を背に、大砲岩方面へ向かった。
大砲岩付近でおにぎりを立ち飯して、中之嶽神社へ戻る同行のファザーと別れてソロになり、更に先に進んだ。

迫り来る岩の合間を縫うような登山道

迫り来る岩壁の合間を縫うような登山道が続く。

少し屈まないと通れない登山道

岩壁の圧迫感たるや、の図。
身長160cm弱の私でも頭を下げてくぐるように歩かないといけない場所が所々あった。


紅葉の森にかかる鉄の階段

隙間が広い鉄の下り階段。
少し疲労がたまってきたので隙間にはまらないよう慎重に降りて行く。

日帰りザックは22リットル

本日の装備。
22リットルのザックとストック。
ザックの中にはジェットボイルと食糧が入っていたが、飲料水用の水500mlしか持ってこなかったので結局ジェットボイルの出番はなかった。

行き着く休憩所にはことごとく先客があったため、シャイな私は適当な場所で立ちハイドレーションばかりしていた。
立ちハイドレーション。略すと立ちションになりますね。

裂けてうねる木

登山道を歩いていると強風に晒されてうねった恐ろしげな白樺などをよく見かけるが、こんなふうに裂けてうねった木を見るのは初めてだった。
自然の風の力に畏怖の念を抱かざるを得ない。

(11月10日追記)
すっかり忘れていたが、登山道の途中でオカリナのような楽器の音色が森の奥から聴こえてきたことを、今日になって急に思いだした。
登山道のでっぱりに二人の人影があり、そのうちのどちらかが楽器を吹いている姿が見えた。
音色はベタだが「ふるさと」だった。

「いかにいます父母」
第二見晴に着くやいなや父から携帯に着信があった。
道の駅みょうぎでご飯が食べたいから、のんびり休憩などしてないではよ下りてこい、母も待っている、とのことだった。 

「つつがなしや友垣」
山部の先輩方。
先日の雲取・三峰にて「今年はもう山遊びは終わりだな」などと言いましたが、抜け駆けして妙義に二回も来てしまいました。すみません。

山部先輩との山行→谷川岳・天神尾根ルート初心者登山レコ+宝川温泉での珍事件

「雨に風につけても」
雲取二日目は一日中土砂降りで稜線での休憩中、低体温症寸前になって大変だったなあ…

「思いいづるふるさと」


向井秀徳 - ふるさと


本読みの僧

登山道の目安の一つ、「本読みの僧」は思ったよりも小柄だった。
ラブリーなリラックマが供えてあったのが印象深い。
看板によると中間道の中間らしいが、実際はかなり妙義神社寄りだと思う。
光の加減で青い輪ができているのがなんとも言えない。


第二見晴

第二見晴にて。
妙義神社から見ると第二の見晴らしとなる。
見晴らし台へは鎖を辿らないと行けないのだが、前回の「たてばり」ですっかりビビっていたので、ここには登らずに右側の小高い窪みの方へ登った。



見覚えのある角度の妙義山(金洞山)が見えた。


大黒の滝

大黒の滝。
水はあまり流れていなかったが、枯れてはいない。


第一見晴から「ふれあいプラザもみじの湯」らしき建物を見下ろす

第一見晴から。
あの辺りは「ふれあいプラザもみじの湯」の建物だろうか。



第一見晴からの風景をパノラマ写真にしてみた。クリックすると拡大します。

妙義神社が近づいてくると、麓の方から雷鳴を思わせる太鼓を打ち鳴らす音が聴こえた。
雲取山を下山したときに三峰神社方面から聴こえた太鼓の音と同じだ。
あの日は下山中ずっと土砂降りだったので、雷だと思って怯えたことを思い出した。
たどりついたらいつも雨ふり@雲取山


妙義神社の急峻な石段

14時32分。
無事、妙義神社にゴール。
中之嶽神社同様、参道の階段はなかなかに急峻だ。


荘厳なお社に圧倒される

荘厳極まりないお社にしばし圧倒された。


パワースポットの風格たっぷりな妙義神社参道


パワースポットの風格を感じる参道は石段に次ぐ石段で、参拝客の中には息も絶え絶えな人もいた。


妙義神社入口

神社で登山の無事を報告し終えると、そそくさと道の駅みょうぎの食堂へラーメンを食べに向かった。
もちろん前回はシーズン前で買えなかった名物の下仁田ねぎ(11月中旬からがオンシーズンらしい)も無事手に入れた。
妙義山中間道レコード、これにておしまい。



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