2013年12月31日火曜日

R.I.P. 大瀧詠一

この年の瀬になって大瀧詠一の訃報を聞くとは思わなかった。


「風立ちぬ」で碓氷峠に思いを馳せまくる


今日の紅白歌合戦には、あまちゃんオールスターズが出演したわけだが、天野春子こと小泉今日子から鈴鹿ひろ美こと薬師丸ひろ子にバトンタッチして第一声を聴いた瞬間、涙腺が崩壊しそうになったがなんとかこらえた。
「あまちゃん」の放送は5回ぐらいしか見たことがなく、ドラマにほぼ思い入れがないはずなのに。
薬師丸ひろ子の声は本当に凄いしヤバイ。

そんなわけで。







R.I.P. 大瀧詠一
さらばシベリア鉄道!
どうかよきロング・バケイション(A LONG VACATION)を。




ナタリー - 大瀧詠一が急逝
 彼は昨日12月30日の19時頃に都内の自宅で倒れ、搬送先の病院で亡くなったという。65歳だった。

大瀧は1970年代にはっぴいえんどのボーカル&ギターとして活躍し、解散後は自身のレコードレーベル「ナイアガラ」を創設。1981年発表のソロアルバム「A LONG VACATION」は日本のポップス史に残る名盤となった。その後も松田聖子「風立ちぬ」、森進一「冬のリヴィエラ」、小林旭「熱き心に」など数多くのヒット曲のプロデュースを担当。1997年には自身のオリジナル曲「幸せな結末」が月9ドラマの主題歌として大ヒットを記録した。

大滝詠一さん訃報の知らせを受け、元春からのコメント(佐野元春公式サイト)
大滝詠一さんが亡くなりました。

日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。

でもその星は空に昇って、ちょうど北極星にように僕らを照らす存在となった。

大滝さん、ありがとう。

ご冥福をお祈りいたします。

佐野元春

大瀧詠一さん急死:細野晴臣悲痛「彼に詰まっていたポップスの宝庫はどこへ」
 細野は、大瀧さんが岩手県から上京してすぐに知り合った最も古い友人の一人。1970年に大瀧さん、作詞家の松本隆氏(64)とロックバンド「はっぴいえんど」を結成した。
 “戦友”の急死を聞いた細野は、取材に文書で「最初は誤報だと思っていましたが、とてもショックです。大事な音楽家を失ってしまった。残念にもほどがある、という思いです。彼の中に詰まっていたポップスの宝庫はどこに行くんでしょうか」と悲痛な思いを絞り出した。

 また「ずっとソロアルバムを作っていなかったのが気になり、11月中旬に“みんなで手伝うからソロを作ろう”とメッセージを入れたのが最後です」と明かした。


2013年12月26日木曜日

芸術が爆発するうどん店・大澤屋

温泉の町・伊香保には「芸術が爆発するうどん店」がある。

川崎の岡本太郎美術館、青山の岡本太郎記念館でもおなじみ「手の椅子」がお出迎え 
川崎の岡本太郎美術館、青山の岡本太郎記念館でもおなじみ「手の椅子」がお出迎え


ざるうどんと舞茸天二つセットの「楓」  
ざるうどんと舞茸天二つセットの「楓」


大澤屋という名前のうどん店をご存知だろうか。
関東近県でTBSラジオになじみのある人ならなんとなく聞いたことがあるかもしれない。
平日朝から昼に生放送しているTBSラジオの長寿番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」の合間に流れる伊香保観光協会提供のCMがいくつかある。
そのCMの一つが水沢うどんの大澤屋(水沢うどん|大澤屋)だ。


2013年12月23日月曜日

「遠い太鼓」は遠雷に似ているから怖い

会社の人に村上春樹の本を貸していただいた。
「遠い太鼓」という旅行記で、「ノルウェイの森」や「ダンス・ダンス・ダンス」を執筆した当時に滞在していたギリシャやイタリアの様子が描かれている本だ。

タイトルを見た瞬間、私には縁の無いギリシャやイタリアの風景ではなく、先日行った雲取山山行の2日目に三峰神社近くで聞いた、麓の方から響いてくる和太鼓の音色を思い出した。

たどりついたらいつも雨ふり@雲取山

最初は雷鳴かと思って慌てたあの音だ。
登山中の雷鳴は登山者を恐怖のどん底に叩き落とす。
落雷から免れるために命がけで下山をしないといけないからだ。

ドーンドーンドーン、(ベタベッタ)ドドンがドン(安田大サーカス)。

だいたい↑こんな感じだった。

春樹さんの本を読むときの礼儀として、BGMはビーチボーイズのペットサウンズにしている。
ビーチボーイズはベスト盤以外にこれしか持っていないからだ。

Pet Sounds - ザ・ビーチ・ボーイズ

真冬並みの寒波が襲来している最中だというのに、夏感が溢れすぎていて戸惑ってしまう。
体温調節がきかなくなるんじゃないかという危惧から、今シーズン初の湯たんぽを出したほどだ。


先ほど(夜10時ごろ)今宵一泊お世話になる東京の友人宅を訪ねたところ、子どもの寝かしつけとともに友人が寝入ってしまい、ドアの鍵は閉まっているので、急遽私の訪問に友人が気づくまで時間をつぶす事態に陥ってしまった。

外で待つこと5分、真冬並みの寒さにトイレが近くなり、たまらず来た道を戻った。
まず道中、近くにネットカフェがないか調べたが、2キロ以上離れた場所にしかない。
ビジネスホテルも近くにはない。
これはどうしたものか。

とりあえず24時間営業のファミレスへ入り、残り少なくなったスマホの充電具合を気にしながら、芯まで冷えた身体を温めるべく、ハーブティーをがぶ飲みし、不安な気持ちを落ち着かせるため、途中まで読んでいた「遠い太鼓」のページをめくった。
ちょうど春樹さんが10月末のギリシャのあまりの寒さに根をあげているところだった。
さっきまで心身ともに冷え切っていた私は、この妙なシンクロニシティにひどく感銘を受けたのであった。
(友人宅へは約1時間後、無事に入れました)

↓2014年1月6日現在、フィンランド編まで読み進めました↓
1987年の村上春樹、ヘルシンキでボブ・ディランを観ない、の巻

2013年12月19日木曜日

Japanese gangster “Yakuza” を撮った日

I shot the YAKUZA. (私は○○○をカメラに収めた)

花園神社 酉の市


2010年11月19日、新宿三丁目の花園神社酉の市(二の酉)でのこと。

私は買ったばかりの Nikon D3000 と AF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8G を手に新宿の街へ出た。
10日前にも一度新宿に出て街の写真を撮りに行ったのだが、どうにも変わり映えのしないものばかり撮ってしまった。

Nothing
新宿三丁目 無印良品


その反省を踏まえ「今、ここでしか撮れないもの」を狙って、花園神社の酉の市に出向いた。


2013年12月14日土曜日

たどりついたらいつも雨ふり@雲取山


雲取山と聞くと真っ先にこの「えげつない坂」の風景が思い浮かぶ

「たどりついたらいつも雨ふり」だった2013年


今年の山行は半分くらい雨に降られた。
しかも遠方に住む複数の友人とスケジュールをやりくりして、やっとのことで都合がついたパターンの場合はだいたい雨にやられた。

今年の7月中旬に日光白根山(日光白根山に乾杯した日-「天空の足湯」もあるよ)へ登ったときは、霧雨程度の雨だったが、あまりの視界不良にやる気が萎え、半分登った辺りで引き返した。

初ソロ山行の至仏山(至仏山、ソロ登山)もなかなかの雨っぷりだったが、一番やばかったのが10月下旬に日光白根と同じメンバー+一人を加えて山小屋泊した雲取山の2日目だ。
油断してミドルウェア無しの薄着で下山をしたところ、やまないどしゃ降りに稜線を吹き荒ぶ冷たい風が追い打ちをかけ、休憩中に危うく低体温症でやられるところだった。

雲取山山行から帰ると、すぐにファイントラックから出ている汗抜け抜群と評判のミドルウェア「ドラウトクロー」を購入した。


2013年12月8日日曜日

ベアブリックぐんまちゃん買ったんさ〜 ∈・^

12月7日(土曜日)、メディコム・トイから数量限定のベアブリック(BE@RBRICK)ぐんまちゃんが発売された。
そして発売日翌日の今日、高崎駅イーサイトのぐんまちゃんSHOPで目にした瞬間、一目惚れしてしまい、家に連れて帰って来てしまった。

ベアブリックぐんまちゃん、我が家へ

本物にはかなわないけれども、まあまあ、かわいい。


2013年12月4日水曜日

愛と追熟のコミス。コミスを美味しく食べるために。

二度目のコミス  
二度目のコミス(B品)我が家へ

コミスかわいや、かわいやコミス 
コミスかわいや、かわいやコミス


愛と追熟のコミス 
愛と追熟のコミス(指の跡が戻らなければ追熟は十分)



上からコミス 
上からコミス

コミスはある朝突然に

コミス、都へ行く

さらば青春のコミス

2001年宇宙のコミス

フルメタル・コミス

レザボア・コミス

コミスのはらわた

ミーニング・オブ・コミス(コミス狂騒曲)

未来世紀コミス

コミス・イン・ワンダーランド

ハリーポッターと賢者のコミス

バック・トゥ・ザ・コミス

コミス立ちぬ

愛と青春のコミス立ち

コミスだち充

幻の洋梨、ドゥワイエンヌ・デュ・コミス立ちぬ

幻の洋梨 ドゥワイエンヌ・デュ・コミス立ちぬ 


コミスのリンク集

洋なしとは、洋なしの歴史、おいしい洋なしの選び方、見分け方、保存方法、コミスの他、ラ・フランス、ル・レクチェ、バートレットなど、種類の違いを解説。オールアバウト洋なし、なページ。

食べ方、食べ頃の見分け方などを解説したショッピングサイト。

前回と今回食べたコミスは両方とも見城さんのコミスです。もう手に入らないかも…

コミスの食レポート

  • コミスを育てる?



だるまの新作-サンタだるま


高崎駅東口のE-siteにあるダルマショップで発見したサンタだるまを平泉の友人へ届けた。 ダルマ様、彼女の願いがどうか叶いますように。


目玉を書く場所は?

2013年12月1日日曜日

知らない街にひとりぼっち@気仙沼

ホヤぼーやのイヤホンジャック 
南町青空市から連れ帰ってきた気仙沼のご当地ゆるキャラ「ホヤぼーや」のイヤホンジャック


この世で唯一、心中してもいいと思える食材は「エビ」だ。
エビに当たって死ねるのなら本望だと思っているし、エビだらけのプールでなら溺れてもいい。
もしも貝塚ならぬ海老塚があるのなら、行って手を合わせて拝みたいくらいだ。
NO SHRIMP, NO LIFE.
SHRIMP or DIE.
エビとともに生き、エビとともに死ぬ、それもまた人生。
ああ、エビの流れのように、おだやかに、この身を任せていたい。

ただ、浮気をするなら「カキ」がいい。
カキを妾に囲いたい。
エビに内緒でカキの握手会に参加したい。
エビに内緒でカキの投票券付きCDを500枚買ってプチパトロンを気取りたい。
「カキ、上海に完全移籍!」の報に涙したい。
「カキ、地球ゴージャスに出演決定!」の報に拍手を送りたい(エビの目があるので観には行かない)。
カキか罰か。
カキ、燦々(さんさん)と。
カキはかわいい、かわいいものですね(美空ひばり「牡蠣燦々」より)

それぐらい、私はエビを、カキを、愛してやまない。のだ。

エビとカキの話はさておき。

あの日、ひとりぼっちで黄昏ようと、知らない街・気仙沼で旅情にひたっているときに、ばったり友だち(気仙沼出身、東京在住)に会ってしまった。



気仙沼漁港
漁船が並ぶ気仙沼漁港


直接会うことはめっきり少なくなったが、TwitterなどのSNSでなんとなしに生存を確認し、時には真面目に森羅万象について議論し、時にはDMで喧嘩したりする、腐れ縁のような友だちだ。
つい先日も平泉と気仙沼の観光情報をFacebookのメッセンジャーで交換したばかりで、会って話すのはたった数ヶ月ぶりだけれど、なんだかやたらと懐かしくもあり、恥ずかしくもあった。

知らない港町を歩く私の頭のなかでは、永六輔作詞、中村八大作曲というゴールデンコンビ(他に「上を向いて歩こう」「明日があるさ」「こんにちは赤ちゃん」など)の超々々々々々々々名曲、「遠くに行きたい」とともに、

「知らない街にひとりぼっち♪ふーーーうーうーうーうー♪」

というサニーデイ・サービスのあの曲が交互に流れ、気仙沼旅情はおおいに盛り上がっていた。

サニーデイ・サービス

Sukiyaki - EP - 坂本九

遠くへ行きたい - さだまさし 永六輔・中村八大を歌う 上を向いて歩こう/遠くへ行きたい

ところが気仙沼ホルモンを食べようと復興屋台村で入ったお店で、復興イベントで唐桑を訪れていた彼とばったり会ってしまったのだ。

知らない町で旧知の友人とばったり会うのは心細さもあるから、本来ならうれしくてたまらないはずなのだが、それと同じくらい、とても気恥ずかしかった。
なぜなら、さっきまで港のベンチに座り、

「知らない街にひとりぼっち。誰も私が何者かを知らない街。何だがソワソワするけれど、素敵…カモメも微笑みかけてくれている気がする…」

などと幻想を抱きつつ、自分の孤独に酔って黄昏ていたから。
そんな恥ずかしい心の内を、よく知っている人間に覗かれてしまった気がしたからだ。

土合駅にて、孤独を愛してやまない心情を綴る→「もぐらじゃないとやってられないよ 〜土合駅を一人占めした日

そういえば、家に帰ってから iTunes でサニーデイ・サービスの名盤「愛と笑いの夜」の曲名リストを見て愕然とした。
あの曲の名は、

×「知らない街にひとりぼっち」
ではなく、
○「知らない街にふたりぼっち」
だったのだ。

どおりでな。


しかし偶然の再会も束の間、友人が乗るバスの時間の関係で、一緒にいたのはわずか20分足らずだった。
いつもそんな感じで、会って直接話す時はあまり深い話には至らずに終わる。

私の黄昏気分はぶち壊しになったわけだが、お互い可もなく不可もなく生きていることが直接この目で確認できて、何よりの20分間だった。


ホヤぼーやの顔ハメパネル
南町紫市場のホヤぼーやパネル。周囲に誰もいなかったので顔ハメできず。



閑話休題。
今回の気仙沼行きは、以前からの念願だった。

私にはたまたま縁あって、気仙沼や、少し離れるが石巻など、あの辺一帯出身の友人が7、8人ほどいる。
年に一度会うか会わないかの人もいるし、月一くらいのペースで家族ぐるみで遊びに行く人もいる。
それぞれが気仙沼や石巻を離れて、東京や神奈川、埼玉、仙台などの都会や郊外都市で暮らしている。

そんなケセンヌマーの彼らは口々に言っていた。
とにかく一度、今現在の気仙沼や三陸沿岸を見てほしい、と。
そして秋刀魚や鰹やホルモンなどの美味をぜひ味わってほしい、と。

彼ら自身直接の被災者ではないが、震災後に被災した家族や親戚や建物の安否確認のため、亡くなった友人らを弔うために何度か帰郷している。
またそれぞれの形で復興支援の活動もしている。

先の灯りが見えない暗く長いトンネルを歩くように、気が遠くなるほど混沌とした時間を、各々が各々の場所で今まで過ごしてきた。
先に名前が出た「上を向いて歩こう」じゃないが、ちょっとばかし上を向いたところで涙は止まらないし、こぼれ落ちてどうしようもない。上を向いて歩るくのもほとほと疲れた。直接弱音を聞いたわけではないが、そんな時もあったのかもしれない。


気仙沼小学校近くの紫神社
気仙沼小学校近くの紫神社


幸い彼ら自身が被災することはなかったものの、それでも彼らの心の痛みはいかほどかと考えると想像を絶するし、彼らの心情を心の底から理解することは、(放射性物質の汚染などを除けば比較的)安全圏にいる私には不可能だと思う。
だが、気仙沼や三陸海岸が地震と津波、そして原発事故、これらの災害を経た今どうなっているのか、それを見て知り、思いを馳せることは重要だ。
友人として、同じ東日本に住む同年代として、一旦は故郷をあとにして東京へ出た同類として、震災後の同世代を生きる人間として、気仙沼には行く必要があると思った。


 かもめ微笑むマンホール


ただ実際に訪れてみて、今を知るというには少し時間がたちすぎてしまったんじゃないか、そんな気もした。

私が歩いた気仙沼駅から港周辺にはもう瓦礫らしきものは見当たらなかった。
港に面した家並みは相当数が歯抜けになっていて、半壊した住居がそのままになっているところもあった。
家の基礎の部分に鉄筋がもげたような痕跡がたくさんあり、一区画丸ごと更地になった土地もあった。
しかし、それらの風景からは震災直後の映像で見たような、凄惨さはあまり感じられなかった。
それだけの時が流れたということだろう。

仮設の建物と空き地が目立つ町並みは、所々に活気はあるが、全体的には閑散としていた。
おこがましい発言かもしれないが、私の故郷・群馬の中之条町ぐらいの規模の都市に思えた。どことなく雰囲気も少し似ているのだ。
(中之条は中之条で大変素敵な町です→ 中之条ビエンナーレ2013と中之条タイポさんぽ

震災前の気仙沼は一体どんな風景だったのだろうか。
そして、震災直後は。

復興はまだまだ進んでいない。そう感じる部分もあるが、元の街の姿を知らないので、一体どこまで行けば復興した、と地元の人は実感できるのだろうか。
想像だけで空白を埋めるには限界があった。


喫茶マンボでもらった気仙沼カード
喫茶マンボでもらった気仙沼カード


気仙沼に来た当初、本当は「リアス・アーク美術館」に行くつもりだった。
美術館では今年の4月から「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展をスタートさせたらしいのだ。

美術館へ行くため、駅前から出発する2時間に一本程度の巡回バスに乗ったのだが、車内アナウンスで耳にした「復興屋台村」が気になって途中下車してしまった。
そして意図していなかった友人との邂逅と相成り、わー恥ずかし! という結果になってしまった。
当の友人は前日にこの常設展を見たらしく、是非見るべき!と語っていた。

気仙沼の友人たちのメッセージは二つあった。

「気仙沼の今を見てほしい」
「気仙沼の美味を味わってほしい」

気仙沼の今を知るには「東日本大震災の記録と津波の災害史」という展示はうってつけだったのかもしれない。

だが私はもう一つのメッセージ「美味を味わう」方を優先させてしまった。

一関から帰る新幹線の指定席チケットをすでに持っていたため、気仙沼に滞在できる時間はわずか3時間ほどしかなかったので、リアス・アーク美術館へ行くのは諦めざるを得なかった。

次に気仙沼に来たら必ず展示を見たい。
そう思った。


さんまの干物?
さんまの干物?南町紫市場入口にて


結局さんまの刺し身と塩焼きと煮付けは気仙沼ではなく前夜に入った平泉の居酒屋で食べてしまった。
気仙沼に来るまで我慢ができなかったから。
でもたぶんあのさんまは三陸沖で採れたものだ。
きっとそうに違いない。



気仙沼ホルモン丼
一口でトリコになった気仙沼ホルモン丼1000円。食べかけ。

屋台村の中にある気仙沼ホルモンと海鮮焼きの「七輪屋500」というお店では気仙沼ホルモン丼を食べた。
ふた口ほど食べてから、慌てて写真を撮ったので大変見苦しい写真になっていることをお詫びしたい。

ホルモン丼に乗っているのはホルモン(モツ)だけかと思っていたら、ミノやレバーやハツっぽい肉も入っていて、いろいろな食感が楽しめてお得な気分になった。
とはいえ食べている最中にも友だちが話しかけてくるので、あまりじっくり味わえなかったのも事実だ。

あまりよくおぼえていないが、冷や奴は薬味と柚子ポン酢?がいい感じだったし、味噌汁に入っているアオサっぽい海藻も歯ごたえがよくおいしかった。

復興屋台村のお土産屋さんで売っているオイスターソースはホントおすすめだから!と友人に教えてもらったにもかかわらず、お店の人とおしゃべりしているうちになんだか舞い上がってしまい、すっかり買うのを忘れてしまった。
気仙沼のオイスターソースは取り寄せ可能なのだろうか?


紫市場の軒並み
紫市場の軒並み


ほかの気仙沼出身の友人にすすめてもらった「喫茶マンボ」を訪ねて南町紫市場まで歩いた。
七輪屋500の方からも
「マンボはイチゴのババロアがすごくおいしいですよ。 いちごも地元の○○(失念)で採れたイチゴしか使わないんです。サンドイッチのパンにもすごくこだわっているので是非」
と教えてもらった。

気仙沼ホルモン丼ですっかりお腹いっぱいになってしまったので、マンボでは名物の気仙沼ラーメンを頼むこともなく、甘味を頼むつもりだった。
だがメニューを見ると、おすすめのババロアの文字はなかった。

恐る恐るご主人とママさんに聞いてみると、シーズンじゃないとのこと。
よくよく考えればイチゴの旬が今ではないことはわかっていたはずなのだが、旅先で舞い上がっている私に冷静な判断などできなかった。
これもまた旅情の一種だ。

お店のママさんが言うには、
「ババロアが出る2月ごろには本店舗がたぶん開店しているはずなので是非また来てください」
とのことだった。φ(..)メモメモ


気仙沼の秋刀魚


サンマも牡蠣も食べたかった。
しかしホルモン丼とマンボで食べたチョコレートパフェの重量感がつまみ食いを許さなかった。

この日は唐桑町で
「第28回リアス牡蠣まつり唐桑」
が2年ぶりに開催されていた。
翌日テレビで見たニュースによると、売りに出されたカキは2時間ほどで完売し、人出は例年以上の大盛況だったという。

この世で唯一心中してもいいと思える食材はエビだが、浮気するならカキがいい(昔はシイタケが恋人だったが色々あって離別)。
それぐらいに私はカキを愛しているので、牡蠣まつりには是非行きたかった。
ただ、気仙沼の駅から祭りの会場へ向かうにはバスを乗り継いで行かないといけなかった。
土地勘もなく時間もないので、私の本妻・エビの目を忍んだ浮気相手・カキとの逢引は泣く泣く断念せざるを得なかった。
カキよ、また会う日まで。




こちらは南町青空市の中のお店で購入した帆布のペンケースだ。
かわいい魚柄に一目惚れしてしまった。
メガネケースにもなるサイズなので、もう一つあれば買っておきたかったが、あいにく魚柄はこれ一つだった。
帰ってきてから、錨(イカリ)柄のウエストバッグ(ワンショルダーバッグ?)も買っておけばよかったと後悔した。

次の気仙沼の旅は必ず美術館と唐桑のかき小屋、そしてマンボの新店舗、それから石巻の方へも足を伸ばそう。そう決めている。


気仙沼リンク集


みちのく旅シリーズ




く~~〜!



比類なき気仙沼銘菓パルポーの「Gotto」(ゴット)。
チョコ、スポンジケーキ、パイ生地、クッキー生地、スライスナッツがミルフィーユ状に何層にも重なった比類なき高級菓子。
サクふわカリぽりウマあま…うーん、比類ない!…そんな異なる食感がくせになることうけ合い。

これも買うの忘れた!

■関連記事
[The Third Party 3.0] 渋谷から気仙沼へ 2014年4月19日 気仙沼復興クラブイベント情報

2013年11月27日水曜日

三陸海の子弁当、南部せんべい、石っこ賢さん…岩手グルメに出会う旅

小岩井の風景
平泉の町民温泉で見た小岩井の風景。
あの山は岩手山だろうか?


人がくれたお土産がどこの名物なのか、思い入れがある土地かそうじゃないのか、そんなことに敏感な人でありたい。私です。
最近人からもらったお土産で一番美味しかったのは旭川の銘菓「き花」です。本当におすすめです。




みちのく旅の戦利品その1「ほたての南部せんべい」


横から見た巖手屋の南部せんべい 
横から見た巖手屋の南部せんべい。帆立の貝柱がたっぷり乗っている。 


今回の「みちのく、たびたび、一人旅」で最初に買ったお土産は、気仙沼駅のニューデイズで見つけた巖手屋のホタテとイカの南部せんべいだった。

そういえば、関東から気仙沼に向かう場合、宮城県を抜け、岩手の一関駅から大船渡線に乗り換えるので、気仙沼を岩手県の一都市と勘違いしそうになる。
小田急線における町田のようなもの、といえば伝わるだろうか。
神奈川感たっぷりだけど、実は東京都町田市。
そんな町田になんとなく立ち位置が似ているのだ。

気仙沼で岩手の名物、巖手屋の南部せんべいを買うのは一瞬気が引けたのだが、
「町田も神奈川みたいなものだし、気仙沼も岩手みたいなもんっしょ!」
と思い直した。


食べかけの南部せんべい 
食べかけの南部せんべい 

南部せんべいは、思いのほか分厚い。そしてかなり硬い。
さらにこのホタテせんべいは、乾燥した帆立の貝柱の細かいフレークがたっぷり乗っているので、入れ歯や差し歯やすきっ歯など、歯の健康状態に難がある人にはかなり危険な食べ物だと思う。
歯に自信がない人は、せんべい汁にしていただくといいかもしれない。
貝柱からたっぷり出汁が出そうだし、かなりおいしくいただけるのではなかろうか。





みちのく旅の戦利品その2「石っこ賢さん」


銘菓・石っこ賢さん

「石っこ賢さん」は一関市東山町の砕石場に勤務していたことがある、宮沢賢治のアダ名にちなんだ「冨士屋製菓」製造の銘菓だ。
半切りの最中の上に、やわらかいマドレーヌのような甘さ控えめの生地が盛られ、中には黒ゴマとクルミが練りこまれている。
ほんのり甘く、最中とくるみの食感が不思議な、素朴な味わいのあるお菓子だ。
私が平泉入りする前日ぐらいに友人が東山町のどこかで手に入れたものなので、入手方法や入手場所などの詳しい内容はよくわからない。


みちのく旅の戦利品その3「小岩井フルーツ牛乳」


小岩井フルーツ牛乳 

平泉の町民温泉施設で飲んだ小岩井のフルーツ牛乳。
バナナのまろやかな風味が強く感じられて、とても美味しかった。
小岩井牛乳は全国的にも有名なので、ご存知の方も多いと思うが、一応岩手の名物なのでここにあげてみた。



大宮で買った仙台名物「ひと口牛たん麦ご飯」


ひと口牛たん麦ご飯

仙台名物の「ひと口牛たん麦ご飯」は大宮駅の駅弁屋で購入。
このサイズのご飯サンドが三つ入って515円なので、かなりお得だと思う。

今回のみちのく旅の帰り道で、家族への土産が物足りないことに気がつき、急遽大宮駅構内を物色していた時のことだった。
構内では大したものが見つからず、新幹線のプラットフォームで何気なく立ち寄った駅弁屋のカウンターに、母親の大好きな横浜名物「崎陽軒のシウマイ」を見つけた。
「東北土産、これでいいのか?」と自問自答しながらシウマイを購入し、ついでに小腹が減っていたのでこちらの仙台名物ひと口麦ご飯サンドも一緒に購入した。

家の食卓で申し訳なさそうな顔をしながら崎陽軒のシウマイを差し出すと、なぜか家族全員飛び上がらんばかりに喜んでいた。

「今日のお昼どきに、シウマイ食べたいねー、ってみんなで話していたところだったんだよー」

だそうだ。
東北土産は、これでいいのだ!



駅弁フェアの戦利品 平泉うにごはん


平泉うにごはん

これは平泉の旅行中ではなく、駅弁大会で買った平泉のうにごはん弁当だ。
平泉在住の友人談「これ結構人気だよ。ま、平泉に海はないんだけどね」。


東北フェアの戦利品 牛たん弁当とかもめの玉子


牛たん弁当とかもめの玉子ミニ

近所のスーパーマーケットで開催されていた東北フェアで購入した、仙台の牛たん弁当と、かもめの玉子ミニ。
牛たん弁当は加熱装置付きのため、大きさの割に中身が小さく、お腹いっぱいになりにくいのが難である。


駅弁フェアの戦利品 三陸海の子弁当


三陸海の子のパッケージ


三陸海の子の中身

三陸海の子弁当も駅弁大会(別の日)で購入。
うにごはんと同様、一関のしょう月堂(斎藤松月堂)の目玉商品で、うに、いくら、ほたて、茎ワカメなどの三陸の海鮮が乗った贅沢な一関の駅弁だ。

一関駅ではアワビやいくらなどの贅沢な三陸の海の幸がぎゅっと詰まった三陸海宝漬や、牡蠣、蛸、いくらなどの海鮮が一堂に会した三陸海宝弁当なども見かけたが、かなりいい値段がしたので手が出せなかった。
中村家の三陸海宝漬はいつかお取り寄せしたい憧れのお土産である。

その他の岩手グルメの話もあわせてどうぞ → 二度目の平泉で初いわて南牛、初わんこそば

みちのく旅シリーズ




平泉で初いわて南牛、初わんこそば

ご当地ブランド牛「いわて南牛」とラム肉の夢の競演

このブログでは、旅に関連して「なんともいえないほっこりした(もしくは奇妙な)心持ちになる」ことを“旅情”と表現している。

今回のみちのくの旅路で最初に感じた旅情は、前回の日記でも書いた、
「新幹線ヌードページ事件」平泉2012 中尊寺の紅葉に間に合う
なのだが、旅路を始める直前にも、ちょっとした旅情を感じた。

荷造りをしようとボストンバッグを整理していたら、一年前に行った中尊寺内にあるレストラン「かんざん亭」のレシートがポケットから出てきたのだ。


中尊寺かんざん亭のレシート

泊まりがけの旅行に出るのは先月の登山で行った山荘(雲取山荘)以来だったのだが、もちろん登山に持って行くのはバックパックだ。
「このかばんを使うのは一年ぶりなのか」としみじみし、「今年もかんざん亭に絶対行こう!」と思った。
たどりついたらいつも雨ふり@雲取山

昨年秋の旅程は平泉の中尊寺周辺や厳美渓が中心だったが、今秋の旅程は、

初日:夜、平泉入り→焼肉屋八つ花→友人宅
二日目:中尊寺→芭蕉館→猊鼻渓→居酒屋→平泉温泉→友人宅
三日目:平泉駅→気仙沼→群馬

このようなちょっと変わった日程で進めた。
三日目は旅程を共にした友人が仕事だったので、平泉から少し離れるが大船渡線(ドラゴンレール)で1時間半ほどかけて一人で気仙沼へ行くことにした。



いわて南牛とラム肉

初日夜はいきなり焼き肉で攻めた。
前回の平泉旅行でも焼肉店へは行っている。
記憶が曖昧なのだが「ソウル食堂」か「高粱(こうりゃん)」のどちらかで、おそらくソウル食堂の方だったと思う。
昨年はあいにく友人が一推ししていた一関や平泉で育った和牛ブランド「いわて南牛」の肉が品切れで、かわりにお店の人が薦めてくれたイベリコ豚(スペイン産)をしかたなく食べたのだが、このイベリコ豚が舌の上でとろけるほど絶品だった。
だがわざわざ岩手まで来てなぜイベリコ豚なのだという感じは否めない。旅情もへったくれもない。
今回こそはご当地ブランド牛「いわて南牛」を食べるのだ!
そう意気込んでいた。

今回行った焼肉店は毛越寺近くの「八つ花」。
入店したのは夜10時近かったが、なんとかお目当ての「いわて南牛」にありつくことができた。
憧れのいわて南牛は脂が乗りに乗っていて、やわらかジューシーでとにかく絶品だったが、友人が頼んだラム肉も相当旨かった。
このあたりでは義経つながりなのか、ジンギスカン料理が盛んらしいのだ。

しかも女二人でお会計が4500円だったことに心底驚いた。
友だちはビールを頼み、私は白米を一切食べず、いわて南牛、ラム肉、ホルモン、ミノなどの肉を中心に、二人とも歩けなくなるほどお腹いっぱい食べたにもかかわらず、一人当たりたったの2,250円だったのだ。
ブランド牛がこんな値段で食べられるとは予想もしていなかった。


かんざん亭へ向かう道中。中尊寺のイーハトーヴ

かんざん亭へ向かう道中にて。
昨年、宮沢賢治(岩手出身で猊鼻渓そばの砕石場勤務時代あり)のシルエットに似た人物を見つけて「イーハトーヴ」(賢治の想像上にある理想郷)を勝手に感じていた場所で今年も一枚撮影してみた。
木々が覆い重なっているのでこの部分の木はまだ紅葉していなかった(2013年11月16日時点)。


2013年のイーハトーヴ

同じ場所で撮影した昨年(2012年11月24日)の写真。
黒い帽子に黒いコートの人物が、なんだか宮沢賢治に見えなくなくなくなくなくない?
対談「宮沢賢治の銀河世界」
ほらほらこの感じ。




二日目は朝から中尊寺内をさらっと散策した。
本当はかんざん亭で昼食を頼むつもりだったのだが、友人の
「せっかくだし、わんこでいいんじゃない?」
との提案から、かんざん亭では朝のティータイムを過ごすことにして、昼食は平泉駅前の芭蕉館へ行くことにした。


標高1548mの焼石岳は早くも雪化粧をしていた

かんざん亭ではプレスコーヒーを頼んで二杯分のコーヒーをいただき、無料で提供されたかりんとう饅頭をほおばり、山座同定に見入って「秋田と岩手の県境、 焼石岳1,548m。そんなに高くない山なのにさすがは東北。もう雪化粧をしているよ。(´∀`*)ウフフ」などと旅情を楽しんだ。




初わんこそば24杯(24客?)


昼食は芭蕉館で初のわんこそばに挑戦。
天ぷら盛り合わせとフルーツ付きの盛り出し式わんこそば・特(2400円)を注文した。

一つのお盆に12客のお椀が乗っているものが二段になっているので、お椀は合計24客あり、お椀の中には一口程度ですすれる蕎麦が盛られている。
確かお盆一枚(12杯)分まではおかわり自由だったと思う。

わんこそばというと、お椀の中のそばをすすり終わると、後ろに立った給仕の人にすかさずおかわりをお椀に放り込まれる「大食い選手権」の様相を呈した食事のイメージがあったが、こちらのわんこそばはあらかじめ盛られたお椀を一つ一つ自分のペースで食べていく形だった。

さまざまな薬味、山菜、マグロ山かけ、いくら、なめこおろしなどがついているので一口一口が新鮮な味わいで、全24杯を飽きずにするっといただくことができた。
しかし前日の焼き肉店で動けなくなるほど満腹になってしまったので、今日は腹八分目にしようと友人ともども反省したのだが、その反省はここであまり生かされなかったことを報告しておく。

天ぷら、フルーツなしのわんこそばは1800円だが、天ぷら盛り合わせには海老も入ってお得感があるので、600円多く出してこちらを頼むことをおすすめしたい。
季節によっては干し柿の天ぷらがつくのだが、この天ぷらを口にした瞬間、味の予想がまったくつかなかったので、かなりびっくりした。


完食記念にお椀を重ねて一枚撮影。
お椀の赤が綺麗に映えた写真となったので、気を良くしてFacebookに載せたところ、気仙沼出身の友人から「このお椀は秀衡塗(ひでひらぬり)。有名なんだよ」と指摘された。
一緒にいた友人に「秀衡塗って?」と聞いたら、奥州藤原氏ゆかりの漆器で、かなり高級品らしく、お椀一客が10万円以上するものもあり、安いものでも何千円はするとの回答だった。
事前にそれがわかっていればこんなふうに重ねることもなかったと思う。
今度秀衡塗に出会ったら、もっと大事に扱わねば、と反省した。


昨年、同じく芭蕉館で食べた山かけそば。
今年のわんこそばの写真とを見比べてみると、残念ながら華はない。
やはり芭蕉館で食事をするなら、少し値ははるが「わんこそば」をおすすすめしたい。

芭蕉館のサイト→ 芭蕉館 岩手県 平泉 元祖盛り出し式わんこそば 

みちのく旅シリーズ