2013年12月31日火曜日

R.I.P. 大瀧詠一

この年の瀬になって大瀧詠一の訃報を聞くとは思わなかった。


「風立ちぬ」で碓氷峠に思いを馳せまくる


今日の紅白歌合戦には、あまちゃんオールスターズが出演したわけだが、天野春子こと小泉今日子から鈴鹿ひろ美こと薬師丸ひろ子にバトンタッチして第一声を聴いた瞬間、涙腺が崩壊しそうになったがなんとかこらえた。
「あまちゃん」の放送は5回ぐらいしか見たことがなく、ドラマにほぼ思い入れがないはずなのに。
薬師丸ひろ子の声は本当に凄いしヤバイ。

そんなわけで。







R.I.P. 大瀧詠一
さらばシベリア鉄道!
どうかよきロング・バケイション(A LONG VACATION)を。




ナタリー - 大瀧詠一が急逝
 彼は昨日12月30日の19時頃に都内の自宅で倒れ、搬送先の病院で亡くなったという。65歳だった。

大瀧は1970年代にはっぴいえんどのボーカル&ギターとして活躍し、解散後は自身のレコードレーベル「ナイアガラ」を創設。1981年発表のソロアルバム「A LONG VACATION」は日本のポップス史に残る名盤となった。その後も松田聖子「風立ちぬ」、森進一「冬のリヴィエラ」、小林旭「熱き心に」など数多くのヒット曲のプロデュースを担当。1997年には自身のオリジナル曲「幸せな結末」が月9ドラマの主題歌として大ヒットを記録した。

大滝詠一さん訃報の知らせを受け、元春からのコメント(佐野元春公式サイト)
大滝詠一さんが亡くなりました。

日本の音楽界はひとつの大きな星を失った。

でもその星は空に昇って、ちょうど北極星にように僕らを照らす存在となった。

大滝さん、ありがとう。

ご冥福をお祈りいたします。

佐野元春

大瀧詠一さん急死:細野晴臣悲痛「彼に詰まっていたポップスの宝庫はどこへ」
 細野は、大瀧さんが岩手県から上京してすぐに知り合った最も古い友人の一人。1970年に大瀧さん、作詞家の松本隆氏(64)とロックバンド「はっぴいえんど」を結成した。
 “戦友”の急死を聞いた細野は、取材に文書で「最初は誤報だと思っていましたが、とてもショックです。大事な音楽家を失ってしまった。残念にもほどがある、という思いです。彼の中に詰まっていたポップスの宝庫はどこに行くんでしょうか」と悲痛な思いを絞り出した。

 また「ずっとソロアルバムを作っていなかったのが気になり、11月中旬に“みんなで手伝うからソロを作ろう”とメッセージを入れたのが最後です」と明かした。


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