2013年6月30日日曜日

八ッ場ダムの底に沈む幻の風景「吾妻渓谷」を見に行ってきた

郷土の名所を織り込んだ上毛かるたの「や」の札でお馴染みの「吾妻渓」(あがつまきょう)。
かるたには大胆にも大分県の名勝・耶馬溪(やばけい)をしのぐ景色だとうたわれている。
しかしその四分の一は、あの八ッ場(やんば)ダムの底に沈むという。

耶馬渓を本当にしのぐのか?緑生い茂る吾妻渓谷



「もうすぐダムの底に沈む温泉……」

このキャッチフレーズは、吾妻渓谷近くにある川原湯温泉に付けられたもので、温泉地に立つ看板などにも用いられているらしいが、「もうすぐ」と言われ続けて早5、60年たつことは若い世代の群馬県民にもあまり知られてはいない。

記憶にも新しいと思うが、2009年衆院選選挙で掲げられた民主党マニフェストには「八ッ場ダム建設中止」があった。
しかしマニフェストが実行されなかったのは周知の通りだ。
長きに渡った八ッ場ダム計画は、1967年の着工から紆余曲折の50年弱を経て、2015年にようやく終焉を迎えるという。
吾妻渓谷や川原湯温泉は、その時々の政治に翻弄されてきた悲劇の舞台といえる。

沈まないかもしれないけれど、沈むかもしれない。
そもそも凌ぐと言われる名勝「耶馬渓」を知らないけれど、群馬に帰ってきたからには、あの吾妻渓はいつか見ておかなければならない。
そんな義務感にも近い気持ちから、幻となるかもしれない景色を見に、吾妻渓谷に行ってきた。




吾妻渓谷・鹿飛橋

吾妻渓谷周辺には遊歩道が整備されているので周遊するにはもってこいだ。
上の写真は吾妻渓谷にかかるいくつかの橋の一つ、鹿飛橋だ。
このあたりからも渓谷を眺めることができるらしいが、緑が濃すぎて岩場の様子がよく見えなかった。
この一帯は「八丁暗がり」という名称が付いているが、確かに見晴らしはあまりよくない。

訪れる季節を間違えたのかもしれない。

そんな思いがよぎる。
しかしこの吾妻渓谷が、いつ、どの辺が、沈んでしまうかもわからなかった。
だから思いつきで来ざるを得なかったのだ。



鹿飛橋から、国指定名勝「八丁暗がり」を望む。
狭くなった渓谷に倒木が架かっているのが見えた。
吾妻川の水が白っぽく見えるのは、強酸性の水質を中和するためのダム「品木ダム」から石灰を流しているためなのだろうか。



鹿飛橋から。逆側の吾妻渓。
渓谷の幅はどこも狭い。



吾妻川沿いの停車スペース近くから見下ろした吾妻峡。
先ほどの八丁暗がりよりは明るく見通せるが、やはり緑が深い。
紅葉のシーズンにもう一度見てみたいと思った。
見れるかどうかわからないけれど……
 



滝見橋。
橋の向こうから、幻の光が差す。ようにも見えた。



滝見橋は川原湯温泉駅から600m。



滝見橋から渓谷を見下ろす。
川面に映る木漏れ日が優しく光る。


八ッ場ダムの片鱗

滝見橋から。八ッ場ダムサイトの片鱗が見える。
本当に「もうすぐダムの底」となる時が迫って来ているようだ。


吾妻渓谷にかかる吾妻線の橋桁

滝見橋から見た滝の逆側の風景。
ダムサイトが完成した暁にはダムの底に沈んで移設される予定の吾妻線と、建設中の八ッ場大橋が向こうに見えた。


民主党マニフェストの頓挫を経て、十中八九、幻となることが約束されてしまった川原湯温泉駅の駅舎と建設中の八ッ場大橋。
橋脚の上の方にオレンジ色のラインがあり、満水時にはラインまで水が貯められるようだ。


紆余曲折を経て、いよいよダムに沈んでしまうことは今や決定的となってしまった。
そんな事実を思い知らされるような風景だ。
しかし、「もうすぐダムの底に沈む」の「もうすぐ」が50余年も伸びるとは、一体誰が予想できたというのだろう。


この風景を、心の眼にしかと焼き付けようと思う。


帰りに今年オープンしたばかりの道の駅「八ッ場ふるさと館」に寄る。

八ッ場ダムの完成模型図

同施設内には川原湯のダム工事に向けて掘られた新たな源泉の一つである「林温泉かたくりの湯」が引かれた足湯がある。
加温、循環濾過なしの源泉掛け流しだが、75.5℃と高温のため加水あり。硫黄臭がしっかりするいいお湯だった。

道の駅「八ッ場ふるさと館」の足湯


足湯場からは八ッ場大橋と、あの丸岩(日本百名山12座入り。穴場もたっぷりの登山ガイドブック「群馬の山歩き130選」)も望むことができてお得な気分になった。


吾妻渓谷 最寄り宿泊施設
コニファーいわびつ



2013年6月26日水曜日

赤城の腹ごしらえは「桑風庵なかや本店」の蕎麦と「山菜まんじゅう本舗 武本」のまんじゅうで

前回の「静かなる赤城旅 - 小沼・覚満淵・登山鉄道跡・御神水巡り」へ行く前に、ランチタイムを過ごした「桑風庵なかや本店」と、帰りに立ち寄った「山菜まんじゅう本舗 武本」の紹介を一つ。

「桑風庵なかや本店」にて、ざる蕎麦と鴨汁を味わう



桑風庵なかや本店のクラシカルな軒先。日本茶を啜りたくなる佇まい


うどんと蕎麦が好きな群馬県民には馴染みのある店の一つに数えられる「桑風庵(そうふうあん)なかや本店」は赤城山南面の麓にある蕎麦屋だ。

前橋市街方面から赤城山へ向かうと、本店の手前に「桑風庵 馬事公苑(ばじこうえん)店」が先に現れる。
しかし緑深い位置に佇む本店の店構えが前から気になっていた私たち一行は、馬事公苑店ではなく本店へと向かった。


ちょっとした林を抜けた先に店がある



蕎麦三人前分(7合)2,520円(2013年6月現在)。
一人前あたり840円だ。
蕎麦には蕎麦殻が適度に混ざっており、コシが強くしっかりとした歯ごたえが特徴だ。
このコシと歯ごたえを存分に味わうには、ざるでつるっと楽しみたい。



つけ汁は蕎麦を頼むと付いてくるが、せっかくなので温かい鴨汁を一つ追加した。
鴨肉がたっぷり入ったつけ汁は、新鮮な鴨肉を使っているのか、あの鴨独特の臭みもなく、さらりといけた。

このあとの覚満淵で大変可愛らしい鴨二匹と出会うが、何の罪悪感も感じなかったことをここに告白しておく。
というか鴨汁で蕎麦を食べたことなどすっかり忘れていた。



「山菜まんじゅう本舗 武本」金土日は饅頭中!




桑風庵 馬事公苑店にほど近い「山菜まんじゅう本舗 武本」。
軒先には、「金土日 饅頭中」の暖簾がかかっていた。
「金土日 営業中」ではない。



饅頭というよりも、肉まんあんまん級の大きさのまんじゅうたち。
まんじゅうには赤城山を型どったスタンプが押されている。
味は山菜まんじゅう、舞茸味噌饅頭、小倉まんじゅうなどがあり、一つ150円でこの大きさはお得感満点だ。
見た目は肉まんだが、まんじゅうの皮は少し固く、中身の山菜や舞茸味噌の塩気がよく効いて、食べ応え充分だった。

「山菜まんじゅう本舗 武本」の開店は8時半からだそうなので、赤城散策前に立ち寄って、湖畔や峠のベンチでテイクアウトしたまんじゅうをいただくのもいいかもしれない。


赤城山シリーズ記事



静かなる赤城旅 - 小沼・覚満淵・登山鉄道廃線跡・御神水巡り

2013年5月1日。鳥居峠より桐生わたらせ渓谷鉄道方面を望む


梅雨の合間を見計らって、先日の黒檜山・駒ヶ岳登山(黒檜山・駒ヶ岳(赤城山)登山レコード-長七郎山と地蔵ヶ岳は雲の中)で周れなかった赤城の穴場スポットを巡ってきた。

静寂に包まれた小沼(この)、小尾瀬とも呼ばれる覚満淵(かくまんぶち)、約半世紀前に廃線となった赤城登山鉄道ケーブルカー跡地、苔むす山合にひっそりと湧く御神水…
大人向けの静かなる赤城旅のはじまりはじまり。

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静寂に包まれた、大人の小沼(おの)



赤城小沼

2013年6月22日土曜日。
お昼に麓の蕎麦屋「桑風庵なかや本店」に寄ったため、13時ちょうどに小沼に到着。
この日は地元の小学校の生徒たちが遠足にやって来ていた。
桃川、桃瀬、桃井、桃木、の「桃」がつく小学校のどこかだった。
分厚い雲の切れ間から時折青空が覗く。

モーターボートの船着き場や赤城神社などの多くの施設がある大沼と比べると、静かで何もない小沼は「大人の観光スポット」という感じだ。
赤城山レコ-赤城神社・大沼・鳥居峠展望台編
 小沼を周遊する山道まで登って行くと、小学生たちと引率の先生の声が遠くに聞こえ、あとはカナカナカナカナ……とエゾハルゼミ(マツゼミ)の声がするだけだった。

ところどころに立つ道しるべのアルファベット表記には「Konuma(こぬま)」とある。
「小沼」は本来は「おの」と読み、便宜上「こぬま」としているのだとか。
私自身、子どもの頃から「大沼=おおぬま」「小沼=こぬま」で教えられてきたが、最近読んだ雑誌「ランドネ」で、大沼は本来は「おの」と読み、小沼は「この」と読むことを知った口だ。
一体何人の群馬県民がこの事実を知っているのだろうか。



小沼から黒檜山・駒ヶ岳・大沼を望む

小沼周辺の散策路から見えた大沼と赤城山の主峰、黒檜山(奥)と駒ヶ岳(手前)。
黒檜の山頂は雲にすっぽり覆われてしまっている。
山座同定の反対側には、小沼の上空に「富士山」の文字も書かれているが、この日は全く見えず。
この一帯は今は前橋市になっているが、つい4年前までは富士見村という名前だった。
散策路の先には、静寂とエゾハルゼミの声に包まれた「オトギの森」があるらしいが、このあとの予定もあるので今回は見送ることにした。


再び小沼の駐車場に降りると小学生たちは姿を消してしまっていて、小沼一帯はすっかり静かになっていた。
駐車場脇にあった公衆トイレは新しめの綺麗なトイレだったが、便器は水洗ではなくバイオトイレらしい。
「なるべく使わないで」と書いてあり、手洗い場に水道はあったが水は出ないようになっていた。



誰もいない赤城登山鉄道廃線跡地と山合にひっそりと湧く御神水



IMG_3428

鳥居峠まで行くと、赤城山頂駅記念館サントリービア・バーベキューホール(山頂レストハウス)がある。
ここには強風が吹きすさぶ5月1日に一度来たことがある。

建物の左側に回ると、鳥居峠展望台があり、そこから少し下ると赤城登山鉄道ケーブルカーの廃線跡が出現する。
赤城登山鉄道はこの山頂駅と桐生市の利平茶屋駅(現在は公園)を結ぶ路線だが、開業してわずか10年(1957年〜67年)で廃線になってしまったそうだ。



御神水入口

看板には「御神水入口 300mの石段を降りる」とある。
この「300m」について、家に帰ってから調べてみると、距離ではなく標高差であることがわかった。




13時55分。
ケーブルカー廃線跡を降り始める。
右に見えるのは御神水を運ぶためのトロッコだろうか。
ここを降り始める時には見物人が何人かいたが、誰もついて来ないようだった。
後ろから「あの人、勇気あるね〜」という声がした。
そんな声がかかるほどに、確かに石段は急峻で、当初は身の危険を感じずにはいられないほど怖かった。



13時57分。
石段のある場所に降りるため、左に写っている手すりのようなレールを掴むと、機械油が手にべっとりついてしまった。
手すりとしては不適格だ。
このレールはケーブルカーに関するものではなく、あとから作られた御神水を運ぶためのトロッコレールらしい。
しかしこのレール、御神水の手前で大きく曲がっていて、実際使い物になっているのかはよくわからなかった。



14時4分。
御神水よりまだ手前の地点。
この辺りでレールは大きく曲がり、途切れてしまっていた。
先の大震災でこういう形になってしまったのだろうか。




14時8分。
急勾配の石段をほとんどノンストップで13分ほど降り、ようやく「御神水」を示す矢印を発見した。
この矢印の少し手前に「利平茶屋1.2km」という道しるべがあった。
矢印の先は鬱蒼とした森で、周囲に響く音はエゾハルゼミの声だけだった。




廃線跡を曲がると右側に鉄棒でしつらえた階段がお目見えする。
膝の状態がガクガクなため、少し緊張気味に鉄棒の階段を慎重に降り、苔むした岩場を抜けて御神水へと向かう。



14時11分。
御神水の水場を発見。
先客もなく、たった一人で御神水を独占する。




二筋の御神水。
いろんな人のブログを見ると「御神水」の看板以外に、以前は「美人の水」「智慧の水」などがかかっていたらしい。
なぜそれらの看板を揚げるのをやめたのかはわからずじまいだった。



御神水で水分補給を終え、先ほど来た道を登る。
14時22分。
石段の間にはぽっかり穴が開いた箇所がいくつかある。



14時25分。
石段がやけにガタついた箇所。



14時30分。
ようやく峠のレストハウスにたどり着いた。
下りは一気に駆け下りたが、登りは息切れがして大変だったので、石段の上で何度か足を止めて息を整えた。
途中休憩できる場所は一切ない。
土曜の昼下がりだったが、遠雷が聞こえるような天候だったせいか、途中誰にも行き会うことはなかった。

御神水めぐりの一人旅。タイムラップは35分だった。

家に着いてからネットで調べてみた結果、御神水へはレストハウス左側裏手からこの急峻な石段を下るほかに、レストハウス右側の裏手から下る別の登山ルートでも行けることを知った。
そうと知っていれば……


小尾瀬の呼び声も高い覚満淵(かくまんぶち)で鴨と行き会う



覚満淵の水辺

次は小尾瀬とも呼ばれる湿地帯「覚満淵」へ。
一周およそ30分ほどで周れるので、地蔵ヶ岳登山とセットで訪れる登山者も多い人気のハイキングコースだ。
鳥居峠から西側を望むと覚満淵を見下ろせるらしいのだが、それには全く気がつかなかった。

環境保全のため、木道から覚満淵の水辺に降りることは禁止されている。
先ほどの登山鉄道廃線跡地とは打って変わって、大勢のハイカーや散歩する人々が入れ替わり立ち替わり訪れていた。


覚満淵の鴨二匹

木道の真下に鴨が二匹戯れていたのでズームでパチリ。
このあと二匹は仲良く水辺へと繰り出して行った。
この時、鴨に夢中になっていたが、お昼の桑風庵では鴨のつけ汁で蕎麦を食べたことをすっかり忘れていた。


レンゲツツジに囲まれた覚満淵


レンゲツツジに囲まれた覚満淵。
見頃は少し過ぎてしまったようだった。
3月のミズバショウシーズンにもまた訪れてみたいと思った。


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登山ガイドとともに黒檜山・駒ヶ岳・覚満淵を巡る日帰りバスツアー


2013年6月22日土曜日

谷川岳・天神尾根ルート初心者登山レコ+宝川温泉での珍事件

谷川岳 一の倉沢1

2012年6月末日。
最大規模の人出となる7月3日谷川岳の日を迎えるその前に、山好きで写真好きの父に誘われて、私は噂に名高い「魔の山」を見るために一ノ倉沢(いちのくらさわ)へ出向いた。

谷川岳が「魔の山」と呼ばれるのは、この一ノ倉沢の前方にそびえ立つ衝立岩(ついたていわ)など数々の岩場の存在が大きい。


衝立岩

写真は一ノ倉沢から見上げた一ノ倉岳の衝立岩・正面壁だ。
麓の町では気温30℃を記録する日もあるというのに、まだところどころに巨大な雪渓が残っている。

衝立岩の正面壁は、宙吊りのまま遺体となってしまった遭難者のザイルを、銃撃によって切断して収容した悲劇的な事件(谷川岳宙吊り遺体収容)が起こった絶壁として広く世に知られている。
群馬にある架空の地方新聞社が舞台となった小説「クライマーズ・ハイ」のクライマックスにも登場する岩壁だ。


「沈まぬ太陽」と合わせて読みたい一冊


谷川岳の遭難者数はおよそ800人以上。
これは8000m級峰14座の遭難者の合計(2005年現在で637人)よりも多く、ぶっちぎりの世界ワースト記録となっている。
しかし谷川岳遭難者のほとんどは登山客ではなく、これらの岩壁を登攀しようとして滑落死したロッククライマーたちなのだ。

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秋の谷川岳・一ノ倉沢 紅葉ハイキング

私は一ノ倉沢からこの衝立岩を見上げ、「この岩を登攀してみたい」とはさすがに思わなかったが、「登山をするならぜひこの山から始めてみたい」そう思った。
テント泊ありの野外フェスを何度か経験していたので、テント泊キャンプにまつわるグッズは一通り揃えている。キャンプグッズと登山道具は被る部分が多いので、あとは山に登るだけ、という状態だ。

私の周りには野外フェス好きも多いが登山愛好家も多い。
谷川岳を見た帰りにふと思いついて、ある友人に
「もし谷川岳に来ることがあれば、ぜひ誘ってよ」
と軽い調子でメールを送った。
すると、
「谷川岳には前々から登りたいと思ってたんだ! じゃあ、いついつぐらいにどう?」
とかなり乗り気のメールが速攻で返ってきたのだった。
関東近県の山好きの間では「谷川岳」というのは抗い難い魅力のあるキーワードの一つなのだろう。

そんなふうに、私のふとした思いつきから、トントン拍子で谷川岳登山の日程が決まっていった。

2013年6月15日土曜日

No.1駅弁 横川の「峠の釜めし」-群馬に生まれてよかった!と実感できる数少ない名物

「峠の釜めし」横川駅すぐそばのおぎのやドライブインにて



群馬が生んだNo.1駅弁といえば、高崎の「だるま弁当」だろうか。
いやいや、弁当箱が貯金箱にもなる「だるま弁当」も捨てがたいが、何はなくともNo.1はおぎのやの「峠の釜めし」をおいて他にはないだろう。


そんな押しも押されもせぬ群馬名物「峠の釜めし」の話をするその前に、いきなり本題から離れて何だが、「群馬の味」と呼ばれるものについて、ほんの少し愚痴らせてほしい。


お釜は持ち帰り可。しかし意外に使い道がない。


さて。
いわゆる「群馬の味」といえば、「何でもかんでも醤油で煮染めた味」と相場が決まっている。
群馬を代表するタレント・中山秀征氏も、関西出身の奥さんからあの味を理解してもらえないで困っていると嘆くほど、「醤油煮味」の地位は高い。
しかしあの味に対して、私ほど不寛容な上州人もいないであろうことを自負している。
19歳で東京暮らしを始め、35歳で群馬に戻り、今年で3年目。
大人になってから群馬で過ごした年月が短いため、郷土の味にあまり思い入れが無いのだ。



本物の釜めしより二回り小さい「峠のりんご飴」。信州産ふじりんご果汁使用


では長く暮らした東京のご飯が一番うまいのかというと、たぶんそうなのだとは思うが、うまい料理にありつくにはある程度の金銭が必要とされる。
しかしあいにく私には持ち合わせがなかった。
そんな持ち合わせがない人でも、最高に旨いご飯が労せずに食べられる都道府県のトップといえば、絶対に大阪以外ないだろう。
日本全国から集まる食材を安く美味しくアレンジすることにかけては江戸の時代から天下一だ。
たった一泊二日しか大阪にいたことはないが、あの時に私は悟った。

たこ焼き、串カツ、素うどん、寿司、カレー、etc…

たったこれっぽっちを食べただけだが、さすがは天下の台所、食い倒れの町、と言われるだけはあり、当たり飯遭遇率の高さは半端ではなかった。
何の気なしにふらっと入った町の食堂でも100パーセント外さない。調べて入った店は当然うまい。
しかもうまいものが安い。
いわばB級グルメの宝庫なのだ。

同時に北関東のハズレ飯遭遇率の高さは並みではない。
でろでろでコシゼロのうどん、やけに粉っぽい蕎麦、出汁の概念がない真っ茶色のおつゆ、レンジでチンしたパサパサの薄いとんかつ、食べ続ければ高血圧症必至の塩辛い煮物、塩辛い焼肉、それらの味に反比例した強気の値段設定、etc…

こうして県内で食べた不味い飯を思い出し、書き留めているだけで血圧が急上昇しそうだ。


また群馬に限ったことではないが、観光地の食堂ではアクセスの悪さから客の足元を見て高をくくっているのか、ホスピタリティのホの字も感じさせない店員遭遇率も高い。

県内のとある、不味くもなく旨くもない、適当な蕎麦屋に入ったときのことだった。
注文した蕎麦を待っている最中、パートの女性たちが学生アルバイトの研修生たちにまかないを振る舞い始めた。
周りの人間の反応や前後関係を整理して見ると、かなりの人数が順番を飛ばされてまかないが先に振舞われた様子だった。
私自身は一瞬ぎょっとしたが、素人に毛が生えたような田舎の人がノリで運営しているような食堂だから仕方ない、と思って粛々と蕎麦を待っていた。
しかし近くのテーブルにいた他県から来た客人の一人がたいそう不機嫌そうに「早く群馬を出たい」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。
この蕎麦屋での仕打ち以前に、彼女には群馬にいることで溜まりに溜まった何かがあったのだろうが、群馬県民の一人として、観光業におけるホスピタリティは世界に誇れる日本の自慢のひとつだという思いがある者として、本当にあの「早く群馬を出たい」という言葉は身にしみてつらかった。


群馬のような片田舎で食べ物を探す時、ちょっと気を抜けば一気に奈落に突き落とされる可能性は高い。
群馬を旅する異郷の人には口を酸っぱくして言いたい。
「食探しに油断は禁物だ」と。「万全の態勢で臨むべし」と。




黄金の釜めし。壱億個達成記念、だそう。



さて、そんな群馬の味に対して疑心暗鬼になりがちな私だが、最近、実に10何年ぶりにおぎのやの峠の釜めしを食べる機会に恵まれた。
ひさびさにあの釜めしを前にし、
「田舎くさい醤油ベースの味付けだけど、嫌いじゃないんだよねえ」
などと余裕綽々で構えていた。

しかし、久しぶりに食べる峠の釜めしは、自分の思い出の遥か上を行く代物だった。


おぎのやドライブインにて名物「峠の釜めし」を貪り食う 
ふたたびの、おぎのや「峠の釜めし」


ベースとなる炊き込みご飯にしみこんだ醤油の塩加減がとくに絶妙で、ご飯単体だけでも釜一つ分はペロリといけそうなほどだ。
具材の中で最も好きなのは、子どもの頃と変わらず「うずらの玉子」だ。
いつも最後までとっておくのが定番だった。
幼少時にはこの峠の釜めしと、だるま弁当に乗ったうずらの玉子だけをたくさん食べてお腹いっぱいになりたい!と夢見たものだ。
その夢はまだ叶っていない。

二番目に好きな椎茸は、噛むとじゅわっと煮汁がしみ出てくるのがたまらない。
味がよくしみていて歯ごたえがよいゴボウとタケノコの組み合せも素晴らしい。
メインの鶏肉も柔らかジューシーだ。

そして、栗とあんずの甘みが釜めしの上で織りなすハーモニー。 これが大好きな人も多かろう。
(しかし、私は釜めしに乗った甘い具材が今も昔も苦手である…)


 懐かしい。そして、旨い。美味い。ウマい。思っていた以上にうますぎる。
ひさびさの郷土の味に、感激の波が止まらない。
果たしてこのうまさ、思い出補正が効いているのか、本当に、フラットに見てうまいのか。
 今のところ、冷静な判断はつきかねる。
しかし知らず知らずのうちに私のDNAには、あの峠の釜めしの味を強烈に欲する本能が刻まれていたようだ。



釜めし掛け紙コレクション。色の変化ぐらいでレイアウトは長年ほとんど変わっていない。


少し残念なのは、昨年9月か10月の時点では900円で食べられたのだが、最近1000円に値上げしたらしいのだ。
海鮮丼駅弁のような高級食材を使っていないので、このような田舎くさいルックスの駅弁が1000円だと若干割高な印象を受ける人も多いだろう。
だがしかし、一度は手にとって食べてみてほしい。
決して損はさせないから。


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野沢菜レシピリンク集も。


おまけの「碓氷峠鉄道文化むら」「めがね橋」案内


 
 


横川駅とおぎのやドライブインの近くには「碓氷峠鉄道文化むら」(有料)がある。
妙義山を背景に佇むデコイチ(おそらく本物)などは迫力があり、あまり鉄道に馴染みのない私でも「おおっ」となった。
また施設内でもおぎのやの釜めしを食べられる。
さすがは鉄道文化むらだけあり、駅弁には抜かりがない。



碓氷峠名物、レンガ造りのめがね橋 


世界遺産登録を目指しているレンガ造りのめがね橋も碓氷峠の象徴の一つ。
横川に寄るなら是非とも見ておきたい文化施設だ。
 カーブの多い旧道を走らないとここまでたどり着けないので、車酔いしやすい人は覚悟すべし。




おまけのおまけ。峠の釜めしお役立ちリンク


峠の釜めし本舗おぎのや|峠の釜めし よくある質問
あのお釜を使ったお米、茶飯の炊き方をおぎのやが直々に伝授

「峠の釜飯風弁当」のレシピ
 「食と旅のフーディーズTV」という番組で紹介された釜めしのレシピ。

料理教室/峠の釜めし本舗おぎのや
お釜を使ったタケノコご飯、パエリア、茶碗蒸し、ビビンバなど。
蕎麦白玉団子や野沢菜チャーハン、花豆赤飯、野菜たっぷりおきりこみ、下仁田ネギとじゃがいものポタージュなど、上州と信州の郷土料理レシピも充実。



信州・野沢温泉のお宿。「峠の釜めし」がお土産でついてくるプランあり。